幕間 古参の者たち

「確かに僕は、哭士あいつの狗石を袖の中に入れていたんだ! 絶対に失くすはずなんか無かった! なのに……いつの間にか無くなっていて……」

 老婆が一人、薄暗い和室に正座している。そして向かい側には、幼い当主、カナエが動揺した様子で座り込んでいた。深い皺が刻まれた老婆の顔から、今の表情は読み取れない。

「言い訳はいらぬ。何故勝手なことをした? 私の留守の間に勝手なことはするなと言っていた、婆の言いつけが聞けなかったのかえ? 弊履まで屋敷に上げおって……奴はにえを慰みものにしようとしたそうではないか。下卑た汚い狗よ。だから弊履は信用ならぬのだ」

 老婆は吐き捨てるように言い放った。

「籠女を攫うのも、狗石を手に入れるのも、今が一番いいと思ったから! 恒河沙……弊履の族を使ったのも、僕は本家の為になると思って……」

 そこまで言いかけ、目の前の老婆の眼力に、口を噤むカナエ。

「もう良い、カナエ」

「だけど……!」

 食い下がろうとするカナエを老婆は一喝する。

「聞こえんかったか! 部屋に戻れい!」

 身体をすくませるカナエ。そのまま怯えた表情のカナエは、何も言わずに部屋を後にした。





        ※





 カナエが部屋を去った暫くの後、襖が開き、和装の青年が一人、入って来た。肌の色は白く、整った顔つきをしている。茶色がかった髪の毛。真っ直ぐ伸びた長い四肢。しなやかに老婆の前にやってくると、静かに正座をした。

「お子様の玩具と籠女は、帰らせましたよ。良かったんですよね、これで」

 柔らかな口調で、青年は老婆に話しかける。

「良い。あの籠女も元は忌みモノ。本当に必要なのは『トリナ』の方じゃ」

 高齢にしてははっきりとした話し方である。

「その為に、昔、処分しかけた不良品を使うのですか?」

 青年の言葉に、ゆっくりと老婆は頷いた。

「まさか、ここで使えるとは思わなんだ。どうせいらぬ物じゃ、使って捨てた方が良かろう」

 老婆は正座した膝の上に乗せていた手を軽く両の手で握った。

「……確かに、そうです。ただ、『彼女』がそろそろ限界に達しますよ。早いうちに手を打たなくてはなりません」

「そうじゃな、『トリナ』を一刻も早く手に入れなければならぬ。『トリナ』はアレが不良品だと知らぬ。アレを見張っておれば必ず現れる」

 老婆は曲がった背を、ゆっくりと動かし、一度大きく息を吐いた。

「ですが、向こうに警戒心を持たせてしまいました。まったく、あのお子様は余計な事をしてくれたものですよ」

 青年は深くため息をついた。

「構わぬ。奴には、最後に仕事をしてもらわねばならぬ。これしきの事、さしたる事ではない」

 老婆の言葉に、青年の口元に笑みが浮かぶ。

「そう、ですか。では、私は彼らの監視をする事とします」

 青年は、老婆に深く一礼した。

「頼んだぞ。『トリナ』を引き出すには、早池峰哭士できそこないが必要なのだから、の」

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