17.契約
色把は哭士の目を見つめた。
『……一つ、いいですか』
「何だ」
『私に、『契約』をさせてもらえませんか』
色把が言い放った瞬間、哭士の表情が強張る。
「……菊塵か」
常日頃から菊塵は、哭士の制約を解除しようとしているのだろう。すぐさま色把に進言した人物を言い当てた。
「余計な事を……」
舌打ちをする哭士。
『昨日の貴方の様子から、気になって聞いてしまいました……ごめんなさい』
困った顔をして肩を縮める色把。
「……昨日も見ただろう。契約をしくじると、いつもああなる。どうせ同じだ。部屋に戻れ」
拒絶する哭士の言葉に色把は首を振る。
『少しでも可能性があるのなら、やってみたいんです。……お願いします』
色把の言葉に、乾いた笑いを浮かべる哭士。
「俺は、お前を守れと命令されただけのただの護衛だ。何故、そこまで固執する」
哭士の言葉に、色把は口を噤んだ。確かに哭士の言う通りなのだが、初めて哭士を見たときに感じた、あの妙な感覚。哭士に対し、ただ偶然に知り合った人間には持ちえない思いが、一言では言い表せない感情として渦巻いているのだ。
この目の前の人物は、強さと脆さが拮抗(きっこう)している。いつか崩れてしまうような、そんな危機感を色把はなんとなく感じていた。だが、そんな漠然とした感情を明確に言葉で表すことなど出来るわけも無い。色把から出てきた言葉は、言いたい事を半分も表せていない言葉だった。
『でも、まだ諦めるのは早いと思うんです。十八歳までにはまだ時間が……お願いします。貴方を助けたいんです』
黙り込む哭士。数秒、考えをめぐらせたような素振りを見せ、口を開いた。
「……理解できないな」
『私は……』
色把の言葉を、哭士が遮る。表情は先程にも増し、苛立っている。
「随分と分かったような口を利く。……まあいい、昨夜のあの女も、俺と契約を結ぼうとして失敗している。多分、無理だとは思うがな」
言い終わるか終わらないかのうち、哭士は布団から上半身を起こす。急な行動に驚いている色把の頭に哭士が手を添え、額と額を重ね合わせた。
額が触れ合った瞬間、苦しそうなうめき声を漏らす哭士。
弾かれたようにすぐさま額を離すと、獣のような唸り声を発し、身体を屈め蹲(うずくま)る。
契約は、失敗だった。
色把はただ額を重ね合わせただけなのだが、哭士には相当の負荷が掛かったらしい。
色把の手前、痛みを表に出さぬよう堪えているのだろうが、頭を抱えている両手は力がこもり、震えていた。
哭士の身体に手を回すも、その手は哭士の腕によって強く振り払われた。長い前髪の隙間から見上げられる鋭い瞳。肩で息をし、必死に平静を保ちながら哭士は色把に言い放つ。
「……これで気が済んだか……俺には、契約を結べる籠女なんてのは居ない。余計な詮索なんかするな。分かったなら出て行け」
息も絶え絶え、苦しげに頭を抱えている哭士。
『……』
哭士の様子を黙って見つめていた色把だったが、立ち上がり、そのまま哭士の居る部屋を出た。
廊下には誰もいない。
少し進んでから、空いている和室に入り、襖を閉めると、そのまま襖を背に、しゃがみこむ。
――哭士の時折見せる貴方への態度から、もしかしたら、とそう感じたもので
菊塵の言葉がぐるぐると色把の頭の中を巡る。その気になっていた。哭士の制約を自分がどうにかできるかもしれない、と。
(なんて……おこがましいの)
自分に対する嫌悪に涙が溢れる、色把は息を詰まらせてその場に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます