僕はハルピコ~俺のお騒がせ使い魔~

ホオジロ ケン

第1話 初めての使い魔

 アパートの屋上に、密やかに行われる“儀式”。

 誰もが寝静まる真夜中で、十七歳の青年が一人、肩を強張らせていた。

 頭の黒髪には、所々ピンと跳ねた癖っ毛が夜風になびく。

 160センチの身長と、それなりに引き締まった体格。若干童顔混じりの顔に緊張が過っていた。

 青年の足元には、真っ白な用紙の表面に、じんわりと血が浸透した。

 ただ濡れていくだけではない。窪みがあるわけでもないのに、あらかじめ決められた経路を辿るように、血は文様を描いていく。

 やがて巻物の真っ白な生地に、図面が出来上がった。


「いよいよだ……」


 自分の手のひらに付けた傷をタオルで巻き、滴る血を止める。

 そして青年は、最後の仕上げにある物品をズボンのポケットから取り出した。

 五センチ程度の白い勾玉を。

 青年がそれを握り込むや、途端に青白色の淡い光が漂った。

 それは巻物の図面まで漂い、血の文様をより強く発光させる。


「共鳴した‼︎」


 巻物の図面が、宙へと飛び出した。


 瞬間、辺り一面の影さえ塗りつぶす白色光と、突風が瞬いた。


 青年の身体は、容易く後方へと吹き飛び、フェンスに打ち付けられる。


「ごほごほ! 成功、したのか?」


 すぐさま立ち上がり、青年は瞼を少しずつ開いた。

 目前には、千切れた紙切れが舞っていた。さきほどまで、自分が儀式に使っていた巻物の成れの果てだ。

 そして。その巻物の有った場所には、何かの影がうごめいていた。

 不定形の、黒い靄の塊。

 それが徐々に形を成していく。


「『怪魔かいま』の、原型確定が始まっている。やったぞ‼ ついに俺にも『使い魔』が巡って来たんだ‼」


 儀式の成功に、青年は胸を躍らせた。

 今まで夢見てきた、自分だけの使い魔。

 これから先、共に力を行使していくバディを前に、青年は期待を込めた。


(頭の固い『コスモス種』だろうと、野蛮な『カオス種』だろうとどっちでもいい! 俺に、この世間を見返すほどの力を授けてくれるのなら! 俺は‼)


 青年の願望に、それは応えた。

 不定形だった形がみるみる内に集約し、形と色を造り変える。

 それは生物の皮膚に成り代わり、毛並みを生み出し、やがて一つの魔の生物としてこの世に現出した。


 現れたのは身長五十センチ。三頭身のこじんまりとした、猫のような顔の可愛らしい怪魔であった。


「………………へ?」


 青年は呆気に取られた。

 余りにも想像と違っていたのだ。

 自分が見てきた使い魔は、既存の生物を一回り巨大化させた猛獣の類。果ては、幽霊のように実態を持たぬ者や、炎の形を成した人の影など、人知を超えたものばかり。

 しかし目の前のそれは、何一つ脅威を感じない。強い弱い以前に、ぬいぐるみなのでは? とさえ疑ってしまう。

 しかしその愛くるしい存在は、確実に生きていた。白い体毛を風になびかせ、ビーズのようなクリクリの目で、青年を見上げて。


「こんばんは。僕、ハルピコって言うんだ~。よろぴく!」


 そして使い魔の小さなお腹から、腹の虫が鳴る。


「お腹すいた~。何か食べさせてくれると、嬉しいんだな~」


「これが、俺の、使い魔?」


 青年――東日下春夢あさかはるむの頭は、真っ白に染まっていく。

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