第21話 転生した前世の妹は意外と可愛い 4

 フィオナ嬢を探すべく、俺は町の大通りへとやって来た。ジェニスの町よりもずっと大きくて、大通りには多くの人々が行き交っている。

 なにも考えずに飛び出してきたけど、この状況でフィオナ嬢を探すのは至難の業だ。


 あいつは元一流の冒険者で、しかも魔術師のあいつは身体能力の影響を受けにくい。万が一にも大丈夫だとは思うけど……それでも顔を見るまでは心配だ。


 どこにいるのか。フィオナ嬢――エリスの好きそうなところ……いや、違う。

 最近のあいつはずっと、俺のために行動していた。町のどこかを見るのだとしたら、ジェニスの町の発展に役立つ場所を見ている可能性が高い。


 ジェニスの町の発展に役立つ……いまのジェニスの町に必要なもの。

 それは……人材。そう、人材だ。ジェニスの町にはいま、様々な工房を作る計画があるが、どれもこれも人材が不足している。

 工房に赴いて、職人の派遣や引き抜きの交渉。フィオナ嬢がここしばらく町を見て回っていたのはきっとそれが目的だ。


 そう考えた俺は、工房が建ち並ぶ区画へと足を運ぶ。一件ずつ回って、青みがかった黒髪の、胸の大きな女の子が来なかったかと尋ねて回る。

 フィオナ嬢は端から回っていたようで、立ち寄った工房で尋ねるたびに、先日訪ねてきた、昨日訪ねてきたと、だんだん時間が近付いてくる。


 そしてついに、さっき尋ねてきたという答えを得た。俺は急いで次の工房へと向かう――が、その工房の前では騒ぎが起きていた。

 人だかりが出来て、なにやらざわめいている。


「すみません、なにがあったんですか?」

「ん? あぁ……さっきここで黒髪の女性が暴漢に襲われたらしいんだ」「なんでも倒れたって聞いたわよ」「いま、工房で寝かされているらしいな」


 野次馬達が次々に教えてくれる。

 その言葉を聞いた俺は――頭が真っ白になった。とっさに野次馬の列を抜け出して、倒れた女性が寝かされているという工房へと駆け込む。


「フィオナ嬢はどこだ!?」


 俺に気付いた職人達が色めきだった。そのうちの一人が険しい顔で立ち塞がってくる。


「急になんだ? あんちゃんは何者だ?」

「女性が倒れて運び込まれたって聞いた。その子が知り合いかもしれないんだ。青みがかった黒髪で、胸の大きな女の子じゃなかったか?」

「あ、あぁ。あんたあの子の知り合いか?」

「そうだ、どこにいる!?」

「あの子なら、隣の部屋で――あ、おいっ!」


 おっちゃんの制止を振り切って、俺は隣の部屋へと突撃した。そこには、長椅子に寝かされたフィオナ嬢の姿があった。

 側に駈け寄ってその身を抱き起こす。掛け布団にくるまっている華奢な身体は強く抱きしめたら折れてしまいそうだ。

 それになにより、整った顔がいまは痛々しいほどに青ざめている。


「おい、フィオナ嬢、どこか怪我をしたのか!?」

「え? あ……アレン兄さん? どうしてここに?」

「そんなことより、無事なのかって聞いてるんだ!」

「ちょっと、兄さん、落ち着いて」

「落ち着いてなんていられるか。おまえが倒れたって聞いて、俺は――」


 腕の中にいるフィオナ嬢が、俺の首に腕を回してぎゅっとしがみついてきた。フィオナ嬢の甘い香りと温もり、そして柔らかな感触に驚いて言葉を飲み込む。


「……私は大丈夫だから、落ち着いて。……ね?」

「あ、あぁ。本当に……大丈夫なのか? 襲撃されたんだろ?」

「ちょっと絡まれただけだし、ちゃんと撃退したよ。もちろん、怪我だってしてないよ」


 俺の首からするりと腕を抜くと、フィオナ嬢は長椅子に身を預けた。俺は本当に怪我をしてないのか確かめたくて、彼女の柔らかなお腹や脇を撫で回す。


「ひゃんっ。ちょっと、兄さん。くすぐったいよ」

「……本当に怪我、してないのか? 倒れたんだろ?」

「してないよ。倒れたのは熱があるからだよ」

「……は? 熱?」

「最近はしゃぎすぎて、風邪引いちゃった。えへっ」


 フィオナ嬢はペロッと舌を出して言い放った。その言葉の意味を理解した瞬間、言いようのない感情が込み上げてくる。


「……に、兄さん、怒ってる?」

「心配したんだ、馬鹿っ!」


 俺はフィオナ嬢を抱きしめた。

 エリスがそこら辺の奴に怪我を負わされるとは思わない。だけど、腕に覚えのある俺だって暗殺されたし、エリスも前世ではうっかりで死んだと言った。

 もしかしたら――そんな風に思ったら、怖くて仕方がなかった。


「……良かった、本当に良かった」

「えっと……その。心配掛けてごめんなさい」

「いや……良いんだ。おまえが無事なら、それでいい」


 フィオナ嬢、前世の妹に惚れたわけじゃない……と思う。だけど、とにかく、俺はこいつを失いたくないって……そう思った。



     ◆◆◆



 アレンがフィオナ嬢の元へ駈けて行った後。無様に転がっていたロイドが当主の指示により、治療という名目で連行されていった。


 それを見届けたレナードは、現伯爵家当主――ヴィクター・ウィスタリアにウォルトと入れ替わりで報告を求められ、執務室へと移動する。

 大きな椅子に身をゆだねるヴィクターは、どこか喜んでいるように見えた。


「レナード、アレンはどうであった?」

「自分に向けられた悪意に対しては甘いと言わざるを得ないでしょう」

「だが、ロイドに迫ったあやつの横顔は、わしが思わず息を呑むほどであった。ただ甘いというわけではなかったのだな?」

「身内への敵意には敏感なようですね。切っ掛けはフィオナ嬢だったようです」

「ふむ……朴念仁だと思っていたが、あの娘に心底惚れているようだな」


 アレンが聞けば誤解ですと全力で否定するところだが、あいにく彼は婚約者を迎えに行っているところである。

 レナードはそのようですと相づちを打った。


 だが、レナードが誤解をするのも無理はない。

 アレンとフィオナは出会ったばかりにもかかわらず信頼し合っていて、二人でいるときも自然な空気を醸し出している。

 兄妹であることを知らなければ、二人は熟年の夫婦のようにしか見えない。


「それで、このたびの一件、どう処理をなさるおつもりですか?」

「ふむ。アレンは気付いていたようだが、今回の一件はウォルトが手を打ってある。フィオナ嬢に危険が及ぶことはない」


 レナードの質問に対して、少しズレた答えが返ってくる。その差異が生じた理由に思い至り、レナードは眉をひそめる。


「最初から危害を加えるようなことはしていない。ゆえにロイド様を罰する理由はないと、ヴィクター様はそうおっしゃるつもりですか?」

「表向きの理由は、アレンのやりすぎた行為と相殺だ」

「あれは、ロイド様の自業自得だと思いますが?」

「ふむ……不満そうだな?」

「当然です。俺だって、盗賊の一件では死ぬところだったんですから」


 盗賊の目当てがアレン一人だったとはいえ、抵抗して殺される可能性はあった。むしろ、レナードは自分を囮にアレンを逃がすつもりだった。

 証拠がないとはいえ、ロイドが黒幕なのは明らかだ。にもかかわらずロイドが事実上無罪放免でいる現状が気に入らない。

 そのうえ、今回の件でもお咎めなしといわれれば、納得がいかないのは当然だった。


「ふむ。おまえが腹を立てているのは、本当に自分が危険にさらされたからか? アレンの敵を排除したいからではないのか?」

「……どちらかといえば後者です。それになにか問題が?」


 レナードの答えを受け、ヴィクターがクククと喉の奥で笑った。


「最初は仕え甲斐のない相手だと嘆いていたおまえが、変われば変わるものだな」

「自分の見る目のなさを恥じるばかりです。まさかアレン様があれほど文武に秀でておられるとは夢にも思いませんでした」

「それはわしも同じだ。あやつは政治の道具向きな性格だと思っていたからな」


 貴族は時折、子供を政治の道具として、他者に従うように育てることがある。アレンはなにをするまでもなく、そういった素養が備わっていた。

 だから、次期当主候補から外すと伝え、アレンが素直に従うようであれば、すぐにでも政治の道具として婿に出す予定だった。

 だが、アレンは変わった。


「あやつが当主となれば、なかなか面白いことになるやもしれんな」

「そう思うのなら、なぜロイド様を過剰にかばうのですか?」


 アレンをひいきして欲しいわけではない。だがレナードの目には、ヴィクターがロイドをひいきしているように見える。それが理解できなかった。


「ロイドに期待しているからだ」

「期待、ですか……」


 レナードは複雑な心境でその言葉を受け止める。

 いまはまだ愚かさが目立つロイドだが、敵を排除する苛烈さは悪くない。もう少し慎重さを身に付けることが出来れば、権謀術数に長けた当主へと成長するかもしれない。

 アレンにつく前のレナードはそのように考えていた。


「こう言ってはなんですが、彼は成長する前にかばいきれない問題を起こすのではありませんか? アレンに敵愾心を抱いているいまのロイド様はかなり危険なように思います」

「どうかな? アレンに対して相当恐れを抱いていたようだぞ? 尋問をした者によると、意識を取り戻すなり土下座をして許しを請うていたらしい」

「それは重畳。ですが、喉元過ぎれば熱さは忘れます。いずれ復讐に走るのでは?」

「むろん、次はないと言い含める。ウォルトに監視させ、次に一線を越えるような真似をしようとしたら未然に防ぎ、これまでの分も含めて罰を与えると約束しよう」


 自らが仕える相手にここまで言われれば従うほかはない。

 だが――


「そのウォルトが側にいながら、今回の事件が起こったのでは?」


 ウォルトが信用できないと食い下がり、ヴィクターの顔をまっすぐに見据える。いまの彼はヴィクターに仕える従者ではなく、アレンの忠臣であった。

 ヴィクターは少し驚いた顔をして、そしてわずかに笑った。


「ウォルトには越えてはならぬ一線を越えぬ限りは手を出す必要はないとも言ってある。ゆえに、ロイドの嫌がらせは……まあ、そのうち再開されるであろうな」

「何故そのようなことを……」


 レナードは当主の考えが分からなくて困惑する。


「言ったであろう。ロイドにも期待している、と。ロイドはたしかに愚かな部分が目立つが、アレンの甘さは貴族社会において致命的だ」

「ですが、今回の一件でそれを払拭したのでは?」

「そうかもしれぬ。だが、あやつが苛烈さを見せたのはなぜだ?」

「それはフィオナ嬢が心配だったからでしょう」


 レナードは断言するが、ヴィクターはそうではないと口にした。


「あれが苛烈さを見せたのは、ロイドが愚かな行為に走ったからだ」

「……まさか、そのためにロイド様を当主候補に留めると?」


 アレンを成長させるための道具という言葉がレナードの脳裏をよぎった。もしそうであれば、ロイドに期待するという、さきほどの言葉の意味がまるで変わってくる。


「勘違いするなよ。わしがロイドを評価していたのは事実だ。なにしろ、わしが有力な当主候補として養子にしたクリスを一蹴したのだからな」

「なるほど……」


 レナードは当初、クリスの能力が一番高いと考えていたが、ロイドはクリスを戦いの場にあげるまえに排除した。あの手際はたしかに見事だった。


「だが、アレンはクリスを味方に引き入れ、ロイドの謀略も一蹴している。あやつに対する期待が大きくなるのは当然だ」

「それゆえのロイド様、ですか……」

「そうだ。ロイドとやりあうことで、アレンはいまよりも成長していくだろう。わしはあれがどこまで成長するか見たいのだ」

「――御意」


 レナードは当主の意向を受け入れた。自分の仕事はアレンの万難を排して護ることではなく、成長を促すことだと考えたからだ。

 こうして様々な思惑が交錯した結果、ロイドは自宅謹慎という軽い処罰で許されたが……その真相を知っている者はごく一部の者だけだった。

 

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