名探偵 家達写楽の事件簿

森居ハイジ

第1話 ナゾ解きはミス研まで

 来変らいへん大学医学部一年の和戸尊わどたけるは早足に廊下を進んでいた。その形相は凄まじく、手に持った校内新聞には皺が寄っている。和戸はミステリートレイン研究同好会の部室である部屋に着くと、歩いてきた勢いそのままに扉を開けた。ノックも無く開けられた扉は壁に当たって跳ね返ったが、立て付けが悪いのか嫌な音を立て中途半端に止まった。

家達やだち、これお前の企みだろう!? いい加減にしろ!」

 和戸は室内中央に置かれたソファの上で丸くなっている人物に怒鳴る。家達と呼ばれた男は和戸に背を向けたまま手を振った。

「やあ和戸くん。元気そうで何よりだよ。ただ、君がその手に持っているものに関してはあまり言及しないで欲しいのだが」

「言及するなだと? 説明もなしに気付けばいつも巻き込まれている。こんなことはもううんざりだ。今日こそはその愛用の煙管キセルを折ってでも口を割ってやる。校内は禁煙だが、今に煙草を吸うに決まっているからな」

「君は時々恐ろしいことを言うな。それにいいだろう? この煙管に入っているのは薄荷ハッカなのだから。いくら僕とはいえど身体に害を及ぼすようなことはしないさ」

「はっ、どうだか。……それで? 詳細を話して貰おうか」

 寝ながら吸っていたのだろう。薄荷の爽やかな香りをまといながら起き上がると家達はゆっくりと振り返った。

「そうなった経緯は多少長い話なのだが。君、午後にも授業があっただろう?」

「あいにくだが午後にあった二コマ続きの実習は休講だ。つまり、今日の俺の授業は午前だけであり時間はたっぷりとある」

 向かいのソファに座り家達に向き合った和戸は重そうな鞄を床へとおいた。

「ああ、そういえばそんなことが掲示板に貼ってあったような気がするな」

「学生なんだから掲示板ぐらいちゃんと確認しておいたらどうだ」

「興味ない」

「……お前はもう少し自分の興味以外にも目を配れ」

「何故、そんな時間の無駄をせねばならないのだい?」

「ああ、もういい。今はこの件だ。訳を説明しろ」

「いいだろう」

 家達は机の上に置いた飲みかけの紅茶で唇を湿らすと口を開いた。


「ではナゾ解きを始めようか」



 ***


 あれは一週間前のことだった。昼食を済ませた僕はいつものように此処ここで今みたいに薄荷を吸っていたのだよ。守屋帝もりやてい学長から貰った海外の養蜂についての論文を読んでいてね。あれはとても興味深いものだった。僕は知っての通り校舎の屋上で養蜂をしているが、次の分蜂ぶんぽうの時期には試してみようかと思っているのだよ。……ああ、すまない。話がずれてしまったね。僕が論文を一通り読み終わり余韻を楽しみながら紅茶を淹れているところに新聞部の苗田なえだという人物が此処を訪ねてきた。苗田氏は僕の噂を聞いてやってきたそうで、突き止めて欲しいことがあるとその手に持った紙袋を差し出した。

「これの贈り主を探して欲しい」

 その紙袋は何の変哲も無いクラフト紙で出来ていた。中には『苗田さんへ 好きです。付き合って下さい』というボールペンで書かれたメッセージカードと手作りと思わしき焼菓子が入っており、贈り主の名前はなく、紙袋や焼菓子にもこれといった目印はない。僕はまず苗田氏から話を聞くことにした。

「さっき部室で課題をしていたら机の上にこれがあったんだ。今日は部会の日だったから忘れ物ならば届けようと中を覗いたら俺宛のものだった。俺は扉の見える位置に座って課題をやっていたから部外の人間がくればすぐわかる。だから恐らく部内の人間だと思う。部員は俺を含め十二人で男女比は二対一。男子が八人で、女子が四人だ」

 僕はその情報から彼に一つ質問をした。

「今日、部会に来た部員の中に左利きの人物はいるかい?」

 彼はしばらく考えた後、少し驚いたように「一人だけ」と答えた。

「では、その人物に返事を伝えに行くと良い」

 僕は助言すると紙袋を返し、此処から追い出した。依頼だったから招き入れたが、僕はまだ淹れたばかりの紅茶に手もつけていなかったからね。

 後日、苗田氏から贈り主と付き合うことになったと報告を受けた。その報酬がその校内新聞という訳だよ。


 ***


 語り終えた家達はまた紅茶を口に含む。校内には三限の始業を知らせるチャイムが響いていた。

「……。肝心な部分を聞いていないような気がするんだが。お前はなんで贈り主が判ったんだ?」

「カードの文字が右に擦れていたからね」

 家達は煙管を咥えるとニヤリと笑って見せた。しかし、和戸は首を傾げる。

「それがどうしたっていうんだ? お前はいつも自己完結する」

「君も少しは考えてくれたまえ。何、簡単なことだよ。横書きをする時、左利きの人間の手は書き終わった文字の上を移動することになる。だから左利きの人が贈り主だと思ったのだよ」

「……なるほど」

 家達は薄荷を吸うと左手で空に文字を書く和戸を斜めに見る。

「君はまだまだだな。和戸尊くん」

「まぁそれは良い。それで、だ。なんでこんなことになっているんだ?」

 机の上に出された少し皺の寄った校内新聞には『次号よりミス研のW氏による推理短編の連載決定』と書かれていた。

「もともと君には文才があると思っていた。それにこの僕、名探偵・家達写楽しゃらくの活躍を世に知らしめて欲しいと思ってね。報酬代わりに苗田氏にお願いしたのだよ」

「新聞に出る前に教えて欲しかったんだが」

「ああ、すまないね。だが楽しみにしているよ。我が友よ」


 来変大学には名探偵が居る。その名も家達写楽。彼に解けないナゾは無い。

 もし貴方アナタが何かお困りなら、来変大学ミステリー研究同好会を訪れると良い。彼があっという間に解決してくれるだろう。

 来変大学の名探偵とその助手がね。




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