25.先輩と年末のある日

 時間の流れとは早いもので明日は大晦日だ。

 学校もない、部活もない俺は自宅や図書館などで時間を潰す冬休みを満喫していた。

 イベントらしいものといえば、二上先輩の第九を聞きに行ったくらいだ。


 大掃除でもしろと言われそうなご時世だが、暇だったのでそちらも完了だ。

 つまり、家で隙なく寛げるというわけだ。

 そんなわけで特に出かけることもなく家で過ごすうちに、午後になった。


 隣は妹の貴恵(たかえ)の部屋なのだが妙に静かだ。昨日必死に掃除していたようだけど、何かあるのだろう。

 しばらくして、その何かがやってきた。

 インターホンが鳴り、出迎える妹。そして階段を上がり、俺の部屋の隣までやってくる。


「待ってましたよ、二上先輩! どうぞどうぞ。あ、隣はごん兄の部屋ですけど気にしないでくださいね!」

「ありがとう、貴恵さん。お兄さんのことは気にしないから安心して」


 ドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 間違いない、二上先輩だ。妹も言ってた。

 どうする。どう行動を取るべきだ。


「じゃあ、先輩。再会を祝して我が家のアルバムをお見せするよ」

「嬉しいわ。私は学校での納谷君の写真があるからこれを」


 俺は立ち上がり廊下に出て妹の部屋のドアをノックした。


「なぁに、ごん兄」


 ドアの向こうから妹がなんだかいやらしい声音で返事をした。

 間違いない。部屋のなかでニヤニヤ笑っている。それも二人で。


「もしかして、二上先輩が来てるのか?」

「いやらしい。ごん兄、盗み聞きしてたの?」

「仕方ないわ。納谷君は変態的行動を取ることがあるから」

「誰が変態ですか!」


 たまらず叫びながらドアを開けた。

 中には小綺麗に整頓された部屋と、そのテーブルで向かい合って座る二上先輩と妹貴恵がいた。

 どちらも俺を見ていやらしい笑みを浮かべている。


「こんにちは納谷君。久しぶりね。遊びに来たわ」

「ごん兄。びっくりした? ほら、入って入って」


 特に拒まれることもなく、俺は部屋に招き入れられた。

 テーブル上には聞こえた会話通り、家族のアルバムと先輩のスマホがある。


「お邪魔します。……ほんとに写真見てる」

「そんな嘘つかないわよ。せっかくだから一緒に見ましょう」


 言われるがまま席に着き、一緒に我が家のアルバムを開く。

 俺からすれば懐かしいが見慣れた写真の数々が目の前に開陳されていく。


「うんうん。こういうのが見たかったの。納谷君も子供の頃は素直でかわいげがありそうね」

「そうなんですよ。ごん兄は歳と共に少しひねくれて」

「目の前で俺の人生と人格を批判するのやめてくれません?」


 微妙に落ち込みながら俺は先輩のスマホの方を見る。

 文化祭やその前の取材の時、園芸部の人達など、見知った写真が多い。


「先輩、結構写真撮ってたんですね」

「良い記録になると思ったの。ほら、貴恵ちゃん。これなんかどう? 納谷君が文化祭で女装をした」

「なんで残ってるんですかっ」


 俺は先輩の寝顔写真を消したぞ。端末上は。


「これは公の場での写真だからいいのよ。納谷君だって第九歌ってる私の写真持ってるでしょ」

「くっ……」


 言い返せない。ちなみに先輩が歌ってる写真はデータをまとめてお渡ししたらご家族からも喜ばれた。良かった。


「わあ。ごん兄、綺麗……」


 写真を見た妹がうっとりしながら言った。複雑な心境だ。

 パワハラとセクハラの同時攻撃を受けた気分になった俺は先輩のスマホの写真をスクロールしていく。他に出来ることないし。

 写真の日付が俺と先輩が出会う前になって少し進むと、指が止まった。


 そこには海で水着姿で遊ぶ先輩の写真があった。

 露出を抑えた黒い水着の先輩が浜辺で遊んでいる。一緒に写っているのはご家族だ。

 先輩の水着写真の数々が次々と俺の前に現れる。これは貴重な映像だ。


「あら、どうしたの納谷君。黙り込んで」

「いや、先輩の水着の写真が……」

「……っ!! 没収です!!」

「うわっ」


 いきなり俺の手からスマホをもぎ取られた。


「納谷君っ。こういうのは見て見ぬふりをするのが礼儀でしょうっ」


 その上凄い剣幕で怒られた。いや、そこは納得だけど。


「すいません。つい、見とれてしまって」

「……っ。その程度で許しませんからね」


 不味いな、かなり怒ってる。


「申し訳ありませんでした。これは俺が全面的に悪いです」


 深く頭を下げて謝罪する。セクハラ野郎扱いされても仕方ない所行なのだ。


「むー。素直に謝ってるのがわかるから、これ以上怒りにくいわね」

「二上先輩。私の持ってるごん兄のアレな写真あげるから許してあげて」

「それで手を打つわ」


 アレな写真ってなんだ。あと即答ですか先輩。


「なあ、貴恵。俺のどんな写真を……」

「よし、次はみんなでゲームをしましょうー。お菓子もあるよー」

「それは楽しそうね。納谷君、勝負よ」

「あの、アレな写真って……」


 俺の質問をよそに妹の部屋での集会は和やかに進行していった。


○○○


 二上先輩の来訪はとても盛り上がったが、日も暮れたので解散となった。

 そして俺はどういうわけか二上先輩を駅まで送り届ける係になっていた。

 途中まで妹も一緒だったのだが、スマホを忘れたとかで先に帰ってしまったのである。


「貴恵ちゃんに気を遣われてしまったわ……」

「何か言いましたか?」

「なんでもないわ。寒くなったわね」


 言いながら先輩はわざとらしく白い息を吐いてみせる。

 日が落ちると冷え込むのは早い。早く帰宅させよう。

 幸い、駅はそれほど遠くない。すぐに俺と先輩は地元の小さな駅に到着した。


「納谷君。贈ってくれてありがとうね」

「いえ、このくらいはしますよ。近いし」

「納谷君のなんだかんだ言って手を貸してくれるところは結構好きよ」


 いきなり俺の方をじっと見ながら、先輩はそんなことを言った。

 先輩はいつもの柔らかな笑顔だ。だけど、少しだけ何かが違う。

 何となく、親しいというか、距離を近く感じる言い方だった。

 学校生活の中で見せる笑みではなく、親しいもの相手だけに見せる態度というか、そんな感じだ。

 いつもなら適当に返すところだけど、どうしてもそれができない。


「色々手を貸してくれたのは先輩の方ですよ。その、先輩と会えて良かったと思ってます」


 これが正しい言い方かわからないが、そう返すのが精一杯だった。なぜか顔が熱くなっているのが自分でもわかった。


「そっか。良かった。納谷君、私はこの二学期とても楽しかったよ」


 なんだかとても嬉しそうに、それこそ弾むような声音で先輩は言った。


「だから、来年もよろしくね。納谷君」


 やはり笑顔でそう言ってきた先輩に俺も笑顔で返す。


「ええ、来年もよろしくお願いします。二上先輩」


 それを聞いた先輩は、満足気に頷くと、駅の改札へと向かっていった。

 先輩の姿が消えるまで見送って、俺も帰宅の途につくのだった。

 どういうわけか、足取りは思いの外軽かった。

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