24.先輩と冬休みのイベント
冬休み。クリスマスの数日前の土曜日。
季節もしっかり移り変わり、外を歩くのにコートが手放せなくなったというこの時期に、俺は外出していた。
行き先は市の図書館。何年か前に作り直したこの場所はとても綺麗で、町並みの中では浮いてしまっている。
だが、快適だ。
俺は騒がしい自宅から離れ、ここでのんびり読書をしていた。
「こんにちは。納谷君」
いきなり、二学期の間に聞き慣れた声が聞こえた。
「……先輩、何故ここに」
顔を上げると、そこに二上先輩がいた。寒い季節らしくコート姿で、髪を後ろでまとめている。
「妹さんから聞いたの。合唱の公演前に図書館で時間を潰しているって」
くそっ、情報が漏れていたか。
「ええ、先輩の晴れ舞台を記録するためですか。遅刻するわけにはいきません」
そう言って横に置いておいたカメラのバッグを見せると、先輩は露骨に嫌そうな顔をした。
「素直にわざわざ足を運んできてくれてありがとうって言えないのよね」
言いながら、俺の向かいに座る先輩。
「記念写真くらいいいじゃないですか。練習したから綺麗に撮れますよ、多分」
「そうね。期待してるわ」
あまり期待してない声音で先輩は言うと、文庫本を取り出して読み始めた。
しばらく、部室の時と同じような時間が流れる。
俺も先輩も黙々と文字を追い、一言も喋らない。
「あの、先輩。準備しないでいいんですか?」
時刻は昼を過ぎてかなりたつ。公演は16時開始だ。流石に気になったので言ってみた。
「もう少ししたら会場に入るわ。ちょっとのんびりしたかったの」
「そういえば先輩、ご家族で来てるんですか?」
「一応ね。今は自由時間」
そうか。それならきっと終わった後も家族で過ごすんだろうな。
「そうだ。この近くの通りが、この時期はイルミネーションに気合い入れてるんですよ。知ってたらすいません」
「えっ? 今知ったけど。そんなのがあるのね」
「商店街の振興策の一環とかで何年か前からやってて好評です。結構綺麗らしいですよ」
「へ、へぇ……。興味深いわね」
思った以上の反応だ。先輩の目が落ちつき無く動いている。
よくわからない感情だが、悪くはない反応だと俺は判断した。
「きっと楽しいと思いますから。公演が終わった後に家族で行くといいと思います」
「えっ……。そういう流れなの?」
何故だか先輩がきょとんという顔をしていた。
「いや、他にどういう意味を込めろというんですか。先輩、ご家族で一緒だと聞きましたし」
「そうね。いやでも、うぅ……。納谷君……あのね、もしよければだけど」
先輩は顔を真っ赤にしながら、意を決したように俺に言う。
「あの、公演のあと、そこに納谷君も来ない?」
「いや、俺は邪魔でしょう。妹も来ますし帰りますよ」
「ああ、妹さんも来るのね。それはいいわ。うん。二人でいらっしゃいな。家で貴方達のことは話してるから私の家族も嬉しいと思うわ」
なんだか家で余計なことを話されている気がするぞ……。
「ねぇ、駄目かしら? 思いつきと勢いで言ってしまったわ」
暗い顔をしながら言う先輩。表情の変化が激しい人だ。本番前で緊張してるのか?
「……先輩のご家族がいいというなら。多分、妹も喜びますし」
そう答えると、先輩は途端に顔を明るくした。
「良かったわ。まかせて。家族に話は通しておく。公演が終わったら連絡を入れるわ。絶対よ」
「わ、わかりました」
勢いに呑まれてそう答えるしか無かった。
「うん。ちょうどいい時間ね。来て良かった。今日を良い日にしましょう、納谷君」
壁にかかった時計を見ると、いきなりそう言い残して、先輩は颯爽と俺の前から去って行った。
「なんだったんだ……」
途中まではいつも通りだったはずなのに。
後半の展開を思い返しても、呆然とするばかりである。
○○○
それから数時間後。先輩から大分遅れて、俺は会場である市の文化会館にいた。
もうすぐ公演が始まる。演目は第九の第四楽章。
舞台の幕は閉まっているが、上がれば底に先輩がいるのだろう。
程よく埋まった席の上の方に俺は座る。カメラには望遠レンズをセット。練習したが、自信は無い。
「なにそのカメラすごい。ごん兄、使えるの?」
「わからん。しかし、先輩の晴れ舞台だからな」
「それは綺麗に撮らないとだね」
途中で合流した妹とそんな会話を交わす。
すっかり先輩と仲良くなった妹は、この後会う約束をしたことを伝えるととても喜んだ。
「そろそろ時間だね……」
妹の言葉とほぼ同時、会場内の照明が暗くなった。
いよいよ始まるようだ。俺はカメラのフラッシュを点灯しない設定にする。
幕がゆっくりと上がっていく。そこにいるのは沢山の楽器を持った人達と、さらに沢山の楽譜を持った人達。
その中に、俺のよく知る人もいた。
「ごん兄、今年はいい冬休みだねぇ」
「そうだな」
カメラの位置を決め、これから始まる演奏に意識を集中する。
今この時、この場所にいるのは、ちょっと不思議な気分だった。
不思議だが、悪い気分は全然しなかった。
それから演奏はつつがなく行われ。
俺と妹は二上先輩一家に歓迎された上に夕食までご一緒し、おまけに記念撮影まですることになったのである。
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