19.先輩と文化祭2
文化祭二日目。そして最終日。
俺はクラス展示『休憩所』内に設置されたカプセルホテル風ベッド内でごろごろしていた。 この展示は最高の出来だ。文化祭で時間をもてあました面々が全力で時間を潰しに来ている。
今日は部の展示は適時休止時間を設けて、俺も二上先輩も文化祭を楽しむ時間を作った。
俺は軽く校内をぶらついた後、心落ちつくクラスにやってきてダラダラ過ごしているというわけである。
「よし。可能な限りここで休憩しよう」
簡素なクッションの上で俺がそう決意した時だった。
「ここにいたのね納谷君。探したわ」
いきなり声をかけられた。
「二上先輩……お疲れ様です」
声の方を見れば制服姿にエプロンの二上先輩がいた。髪の毛もまとめている。先輩のクラスはスイーツ店をやっていると聞いた。その足だろうか。
「さて納谷君。私はクラスの仕事が終わったわ。暇なようね?」
「はい」
有無を言わせない口調にそう答えるしか無かった。
周囲の男子の視線が集中しているのを感じる。こういう時、先輩の存在感を感じずにいられない。
「じゃあ、行くわよ。ここで無為に時間を過ごす後輩に文化祭の過ごし方を教えてあげるわ」
「はい」
言われるままに従って、俺はベッドを出て先輩についていく。
先輩の発言が周囲に滅茶苦茶刺さっていたのは気にしないことにしよう。
○○○
「それで先輩。どこにいくんですか? もうすぐ文化祭終わりますけど」
「心配無用よ。すでにクラスの皆と色々回って来た後だから。今から納谷君と全部回ろうなんて思っちゃいないわ」
「そうですか……」
まあ、もう二日目の午後、それも夕方。気合いを入れて回られても困る。
すでに店じまいの準備を始めてるところもあるくらいだし。
「それで、どこにいくんですか?」
「いいところよ。……あ、変な意味じゃないわ。外いくわよ、外」
「外ですか……寒くないですか?」
もう秋も深いというのに外の施設にいくのか。
「女装で疲れた納谷君を癒やせる案件だから安心しなさい」
「それは言わないでください!」
俺の精神を的確に攻撃してくる先輩だった。
○○○
先輩に連れてこられたのは外にある園芸部の売店だった。
園芸部はここで育てた作物を混ぜて焼きそばやら何やらを売っていて大変好評だったと聞いている。
とはいえ、それも過去形。食材を使い切ったのか、屋外テントの中はほぼ片付いていた。
「なんか終わってますけど……」
「大丈夫よ。先輩を信じなさい。はーい下村さん。連れてきたわよー」
「お、来たね。こっちきてー」
前に芋掘りをしたときにやってきた下村さんに誘われて、俺と二上先輩は席に着いた。
「はいはい。じゃあ、お客様からどうぞ」
ジャージにエプロンという下村先輩が持って来たのはスイートポテトとミルクティーだった。
「この前収穫を手伝って貰ったサツマイモから作ったやつ。特別なお客様向けの特別メニューだよ。食べてね」
「え、いいんですか?」
「もう商売も終わりだから、皆でお疲れ様ーってことで食べることにしてたの。納谷君と二上さんには御世話になったしね」
「そういうことよ。いただきましょう」
そう言うと、先輩は静かに手を合わせてから自分の分を食べ始めた。
「じゃあ、頂きます。うん、美味しい」
絶妙な甘さだ。さらに一緒に出てきたミルクティーが無糖。バランスが良い。
「文化祭、楽しかったわね……」
ミルクティーの香りを楽しむように、軽く目を伏せながら、先輩が静かに言ってきた。
「そうですね。思ったよりも……。ええ……」
俺は歯切れ悪く答えた。準備は確かに楽しかった。部活の展示もクラスの展示も悪くなかった。女装コンテストが大好評だったのは複雑な心境だ。
「まあ、悪くなかったと思います」
とりあえず、そう答えるのが精一杯だった。
「終わっちゃうのね……」
残念そうに先輩がテントの外へ視線をやった。
園芸部の人達がお茶を飲む向こうには、まだ明るく賑やかな校舎がある。
昼ほどの賑やかさは内が、暖かな光が窓から溢れ、静かな活気がここまで伝わって来るようだ。
「さて、ごちそうさま。納谷君、閉会式の後、部室の片付けをしましょう」
「そうですね。ごちそうさまでした、美味しかったです」
園芸部の皆さんにお礼を言ってから、俺と先輩は部室に向かった。
それから閉会式が行われ。
俺と先輩は部室を軽く片づけることにした。
とはいえ、もう外は暗い。本格的な片付けは明日になるだろう。
「ほんとに終わるんだなぁ」
いくつかゴミを校内の集積所に置いて、部室に向かう道中。片付けをする人達を見て、祭りの終わりを実感する。
考えて見れば、今回は二上先輩の凄さを実感した日々だった。
容姿端麗学業優秀。コミュニケーション能力も高く、企画力もある。
そんな先輩のスペックを初めて目の当たりにした。うん、先輩は凄くて凄い。
冷静に考えると何で俺なんかと同じ部活にいるのかわからない人だ。今後はそれなりに敬意を払うべきだろう。
心を新たに、校舎の外れにある部室のドアを開く。
「先輩、ゴミを捨ててきましたよ。片付けは……ん?」
雑に片づけられた部室内で、二上先輩は椅子に座って目を閉じていた。
静かだ。ちゃんと僅かに上半身が動いている。うん、生きてる。
「寝てるな……」
二上先輩は椅子に座ったまま眠ってしまっていた。
あまり寝るのに適していない姿勢にも関わらず、気持ちよさそうに睡眠している。
疲れていたのだろう。
「…………」
ようやく、俺は勘違いに気づいた。
二上先輩は確かにハイスペックだが、頑張ってもいたんだ。
事実、こうして無防備な姿を晒してしまうくらいには、先輩も疲れている。
準備期間も含めて、文化祭全てを楽しむために行動したのだろう。
そして、その楽しむの対象に俺も含まれていたわけだ。
そう思うと、少し悪くない気分だった。
とはいえ、ここで眠らせておくのはよくないな。
「先輩。起きてください。寝るなら家ですよ」
「ん……あっ。寝ちゃってた……。ごめんね」
「疲れてるのに気づかなくてすいません。今日は帰りましょう。片付けは明日ってことで」
「なんか納谷君。顔と声がやさしぃ……」
微妙に寝ぼけ眼で言われた。この人は俺を何だと思っているのか。
「ほら、荷物をまとめましょう。よだれも拭いて」
「よだれなんて垂らしてないわよっ。まったく、失礼ね」
ぶつぶつ言いながらも帰り支度を始める先輩。帰宅するのに異議はないらしい。
「そうだ。先輩、お疲れ様でした。ここの展示は楽しかったですよ」
「色々と含みがあるわね。でも、それには私も同意だわ」
荷物をまとめ、先輩は鞄を肩から提げた。
それから俺に向かって穏やかな笑みでこう言った。
「お疲れ様、納谷君。明日からもよろしくね」
俺はその笑顔に、どうにか「宜しくお願いします」と返したのだった。
ちなみに帰宅後。休憩して体力が回復した先輩から「見てみて! 納谷君の女装写真凄くよく撮れてる!」というメッセージと画像が届き、俺の先輩への敬意は粉々に消し飛んだ。
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