7.先輩とコーヒー
その日の放課後、俺は部室に行くのが少し遅れた。
理由はコーヒーメーカーだ。
我が部室の棚の中にずっと置かれていたコーヒーメーカーを使いたくなったのである。
秋の放課後に一杯のコーヒーを飲みながら読書。
それを想像して、存外悪くないと思ったのだ。
そんなわけで、放課後になると俺は一度部室に行ってコーヒーメーカーを確保。
家庭科の教室に行って一通り内部を洗浄した。
内部を洗浄する液体を昨日のうちに買っておいたので、試運転を兼ねて何度かコーヒーメーカーを起動。
洗浄した上で問題なく稼働することを確認し終えたのは一時間後だった。
「こんにちは。納谷君、今日は遅いのね」
「こんにちは。ええ、ちょっと用があって」
二上先輩への挨拶もそこそこにコーヒーメーカーを部室の一画に設置する。
「あら、コーヒーメーカー。いいわね」
「先輩、コーヒー好きなんですか?」
「そうね。今日みたいにゲームのしすぎであまり寝ていない日は特に好きになるわ」
なるほど。今日は残念な先輩の日か。
俺は慌てず騒がず自分の荷物の中からコーヒーの粉とフィルターを取り出してセット。
既にタンクには水を入れてある。スイッチを入れれば抽出開始だ。
「…………」
しばらくするとゴポゴポという音と共に、お湯がフィルターに注がれ、コーヒーの香りが室内に満ちてきた。
「いい香りね……」
「先輩も飲みますか? 紙コップしかないですけど」
残念ながら、今のところ部室にカップはない。今後の課題にしよう。
「ええ、頂くわ。あ、私に淹れさせてもらっていいかしら」
「いいですけど。あとはカップに注ぐだけですし」
コーヒーメーカー下部に設置されたガラス製のサーバーには黒い液体が満たされている。
先輩は席を立つとそれを手にとって、紙コップにコーヒーを注ぐ。
ほっそりとした手で優雅な動作で為されたそれは不思議とコーヒーの味が良くなるように感じられた。全部が安物だから気のせいだが。
「はいどうぞ。召し上がれ」
そう言って、俺の前に紙コップが置かれた。
準備の九割は俺がやった気がするがそこは指摘しないでおく。
「ミルクと砂糖はどこかしら?」
「え? 俺は基本的にブラックですけど?」
「納谷君、イメージ的にミルクたっぷりのカフェオレとか飲んでそうなのに……」
どんなイメージだ。でも前に友達にも似たようなこと言われたな……。
「先輩、俺に対抗してブラック飲むとかやめてくださいよ。そんな漫画みたいな」
そう言って、俺は荷物から砂糖とミルク、それとプラスチックのマドラーを出して渡す。
「私がそんなありがちなことをするわけないでしょ。ありがと、そして頂きます」
素早く渡された物を混ぜると、先輩はコーヒーを一口。
「にが……。納谷君、牛乳とかないかしら……」
そもそもコーヒー自体が駄目な人なんじゃないか。
とりあえず、俺は家庭科室まで行って牛乳を貰ってきた。
「ふぅ……。放課後の部室で美味しいカフェオレを飲みながら回すガチャ。悪くないわ」
数分後、先輩は出来上がったカフェオレを飲みながら満足そうにそう呟いた。
「最後の一個以外は同感ですけど。あの、ガチャはほどほどにしてくださいね」
どうも先輩は結構その手のゲームをやるタイプみたいでたまに心配になる。
ガチャに関しては恐い話もたまに聞くので。
「平気よ。お金は滅多にかけないから。寝不足なのは別のゲームが原因。でも今日は不調ね。納谷君にかっこわるいところ見せちゃった」
「先輩のかっこいいところを見たことがないですが」
出会いからしてアレだったしな。
「ぐ……、今に見てなさいよ……。それはそれとして、どうせならちゃんとカップとかも用意したいわね。あ、紅茶とお菓子も」
「放課後ティータイムでもする気ですか……。程ほどにしてくださいね」
俺もコーヒーを持ち込む予定なのだ。少量くらいなら許可しよう。部長として。
「ふふ。部活動が豊かになるわね」
「ほぼ活動してない部活ですけどね」
俺の切り返しも気にせずに、とても楽しそうな笑みを浮かべがら、先輩はカフェオレを口に運んだ。
何にせよ。俺達の放課後は少し快適になったのだった。
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