5.先輩がクッキー持って来た

 放課後の郷土史研究部。

 俺は一人、机に向かって読書をしていた。

 部室には大量の書籍がストックしてある。読み物には困らない。なんなら図書室に行ってきてもいい。

 今日読んでいるのは世界の民族衣装についての本だ。イラストが多くて読みやすく、なかなか興味深い。


 遠くから聞こえる吹奏楽部のロングトーン。野球部の金属バットの響き。

 ここに届く放課後の学校の音はほどよく小さい。

 もう下校時刻が近い。

 今日は久しぶりに静かに過ごせた。


「こんにちは。放課後よ、納谷君!」


 活動終了直前に、賑やかな人がやってきた。


「いやあ、ごめんね。遅くなっちゃった」

「いや、別に活動時間とか厳密じゃないですし。無理に来なくても」


 そもそも郷土史研究部は文化祭の時期以外は開店休業だ。

 二上先輩だってそのことは十分承知しているだろうに。


「まあまあ、今日は納谷君も喜ぶような物の用意があるから早く来たかったのよ」

「……なんか不安になるんですが」


 二上先輩はそれほど迷惑な人では無い。

 基本的に部室内で大人しく自分の好きなことをやっている。

 ただたまに、ちょっとした思いつきで俺に雑談をふってくるのだ。

 そしてそれが、ごく希に変な方向に行くことがある。

 迷惑という程では無いが、意図がわからず混乱することがある。

 ただし害はそれほどない。

 先輩が入部してそれほど立っていないが、俺はその辺を把握しつつあったのだった。


「なんか納谷君。私について失礼なこと考えてる顔してない?」

「し、してないですよ……。それで、俺が喜ぶようなものってなんですか?」


 そんな具体的な表情をしていたのか、俺は。

 二上先輩、妙に察しがいいことがあるから気を付けないとな。


「はい、これよ」


 二上先輩がバッグの中から小さな袋を取りだした。

 何やら可愛らしい半透明な袋に入っていたのはクッキ-。

 薄力粉と卵とバターやらを混ぜてあれこれして焼くアレだった。


「クッキーですね。普通に」

「ええ、私が作った普通のクッキーよ」


 チョコやらジャムやらのバリエーションもある、実に良く出きた品に見えた。

 形も焼き上がりも申し分ない。まるで既製品のようだ。


「さあどうぞ、召し上がれ」


 優雅な動作でクッキーを手渡された。

 美人先輩の手作りクッキーか……。これは諸手をあげて喜ぶところなんだろうが。


「あの……これは何かの罠ですか?」

「なんでそうなるの! 納谷君は私を何だと思ってるの!?」

「いや、なんか貰うようなことしてないし……」

「ちょっとしたお菓子くらいあってもいいかなと思って作ったのよ。別に他意はないのよ、他意は。ほら、自分の分もあるし」


 そう言って、自分の包みを出す先輩。

 なるほど。先輩は見た目は美少女な女子。気まぐれにクッキーを作るくらい行動の選択肢に浮かんでくるのかも知れない。


「では、ありがたく頂き……なんで見てるんです?」

「感想を聞きたいの」


 なんか、微妙に緊張気味に言ってきた。


「流石にこの見た目で漫画みたいな激マズクッキーになってたら逆に凄いと思うんですが」


 包みを開け、シンプルなバタークッキーを選び、一つ頂く。

 うん、普通に美味しい。甘さも焼け具合もちょうどいい。


「美味しいですよ。先輩、器用ですね」


 素直に感想を言うと、先輩は嬉しそうににんまり笑った。


「そうでしょう。納谷君は私のことを少し見直すといいわ。ちゃんと女子力を備えているところとかね」


 胸を張って威張り始めた。なんなんだ。

 

「そもそも俺は先輩の女子力に疑問を持ったこと何てないし、美人だと思ってますけど」


 そう言ったら、先輩の動きが止まった。


「そういうとこよ。その何でも素で扱うところが……」

「あの、なんか顔赤くなってますけど?」

「なんでもないわよ。納谷君が悪いんだからね!」

 

 理不尽すぎる。


「今日はこのくらいにしといてやるわ! 帰る!」

「まあ、もうすぐ下校時刻ですからね」

「もう暗くなるんで危ないから途中まで一緒に行くわよ」

「え、あ、はい」


 何やら決めつけると、先輩は先に荷物をまとめて部室から出て行ってしまった。


「何なんだ、一体……」

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