3.私と後輩の部活のはじまり

 私こと、二上穂高(ふたかみほたか)は郷土史研究部に体験入部することにした。

 理由は主に『放課後を静かに過ごせそうだ』と思ったことだ。

 自分で言うのもなんだが、私は目立つ外見をしている。モデルとしてスカウトされたこともある。一応、世間では美人の範疇に置かれているようだ。


 そんな外見と転校生という珍しさもあってか、放課後は何かと付き合いが多い。これはあんまり拒否すると学校生活に支障を来しそうなので断りにくいのが厄介だ。

 我ながら打算的だとは思うけど、転校生が学校に馴染むにはそれなりに気を遣った行動を必要だろう。


 そこでこの部活だ。あまり人付き合いが好きではない私にとって「放課後は部活がある」というのは良い意味にで作用した。「郷土史研究部」なんて真面目そうな名前のおかげで後から入ってくる人もいない。


 部活のおかげで私は、下校までの静かな時間を手に入れた。部活という理由もあれば、平日の付き合いは断りやすい。


 ただ、部活において別の問題が発生していた。

 郷土史研究部はあまり熱心に活動しない部だ。

 文化祭の時期以外は基本的に自由。

 聞いていた通り、ここ二日、私は快適な部室で読書をしている。


 そしてそれは、後輩にして部長の納谷権一郎も同じだ。

 問題は、この後輩だった。

 二日間、私は彼と挨拶しか交わしていない。

 限りなく無に近い交流である。


 申し少し何かあってもいいのではないだろうか?

 体験入部して三日目、今日も読書は順調に捗っている。部室には大量の小説と漫画が所蔵されていてとても有り難い。

 読んでいる物語の続きも気になるが、動くべき時だ。


「あの、納谷君……」


 私が遠慮がちに声をかけると、本を読んでいた後輩はゆっくりと顔をあげた。


「なんですか、二上先輩?」


 納谷君は、結構可愛い顔をしている。

 小柄というわけでもないのだが、何となくそんな印象を持っているのだ。

 実際に隣に立ってみると、私よりも背が高いし、意外と男子らしい体格をして驚いた。

 

 その後輩が、怪訝な表情でこちらを見ていた。

 面倒だとか期待といった感情のないニュートラルな表情だ。


「なんというか、あのね。もう少し、部活の中で会話とかあってもいいんじゃないかなーと」

「…………」


 なぜだかとても驚いた顔をされた。

 私、そんなおかしなこと言ったかしら?


「納谷君。なんだかとても驚いているわ。私、後輩とコミュニケーションを取りたくないように見えていたかしら」

「はい。ずっと静かにしてましたから」


 ほう。なかなか正直な子ね。普通に失礼だわ。


「確かに静かにしていたけれどね。流石にちょっとくらい会話があってもいいと思うのよ」

「そうでしたか。俺はてっきり……」


 そこまで言って納谷君は言葉を切った。

 気になるじゃないの。


「てっきり何? 失礼なことでも怒らないわよ、別に」

「……てっきり、先輩はここで放課後の人間関係から解放されたいだけで。俺には興味がないと思ってましたから」


 そう言うと、納谷君は軽く私から目を逸らした。


「…………」


 なんということだ。

 この後輩は、私の事情をそれとなく察しただけでなく、自分の立場まで勝手にわきまえてくれていたのだ。

 なんという気遣い。いや、ちょっと気を遣いすぎだけど。

 だけど、悪い気持ちはしない。


「あのね、納谷君。できればこれからは、私と雑談に付き合ってくれるといいな」


 この後輩と話したい。そんな純粋な気持ちから出た言葉だった。


「……わかりました」


 一瞬だけ顔をあげると、納谷君はすぐに自分の読書に戻った。

 私の気のせいでなければ、ほんのちょっとだけ、嬉しそうにしていた。……気のせいでないと思いたい。


「楽しい部活になりそうで私は嬉しいよ」

「文化祭以外は何もしない部活が楽しいとは変わっていますね」


 試しに話しかけてみたら、そっけない返事が返ってきた。


 この後輩、面白い。


 こうして、私の楽しい部活動の日々は本格的に始動した。

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