2.先輩が部室にいるだけの話
部室に入ってWIFIパスワードを教えて一時間と少し。
俺と先輩は一言も話さなかった。
俺は読書、二上先輩はゲーム。
それぞれ室内の椅子に座って、自分のしたいことをする。
余計な会話もない。一人増えても、いつもの放課後がそこにあった。
「ああ、もうこんな時間か。二上先輩……」
特に活動しているわけではないので部室は五時前には閉める。日も短くなっているし、二上先輩も早く帰った方がいいだろう。
そう思って声をかけようとした途中で言葉がとまった。
窓近くの席に座り、スマホの画面を操作する二上先輩。
外から淡く夕焼けが差し込み、髪と表情を軽く色づける姿が、はっとするほど絵になっていた。
端的に言って、綺麗だった。写真に取ってフォトフレームに納めれば、ちょっとした作品名でもつきそうなほどだ。
思わずじっと見つめてしまう俺を尻目に、二上先輩は一心不乱にスマホを操作する。
そして……
「あーーーーっ!」
いきなりガンッ、と額を机に打ち付けた。
「ど、どうしたんですか!?」
「ピックアップが仕事しないっ! 頑張って石集めたのに……。悲しい……」
ガチャかよ。
「先輩……結構残念なんですね」
「なによっ。私だってゲームくらいするし無料石をかき集めて爆死だってするわよ」
爆死だったのか。
「二上先輩って、結構面白い人ですね」
「貴方もね。納谷君」
俺はそんな面白みなんてないぞ。少なくとも放課後の学校で必死にWIFIを捉えてガチャで爆死なんてしない。
そんな不満が伝わったのか、先輩は小さく笑いながら、俺に言う。
「放課後の部室で一人でずっと読書してるだけ。でも、凄く落ちついてゆったりしてるように見えたよ。一応、私っていう普段はいないお客さんがいるのに」
「まあ、先輩の相手はしないで良さそうでしたから」
「それはひどいね。……いいね。納谷君。この部室も凄く良いと思う」
うんうんと何度か頷いたあと、遠慮がちに先輩は言う。
「よければたまに来てもいいかな? 体験入部に」
「……たまになら」
毎日来てくださいという言葉を、俺は何とか飲み込んだ。
○○○
俺の予想に反して、二上先輩はそれから毎日部室に来た。
たまに顔を出すとかじゃない、毎日だ。
「今日も体験入部に来たよー」と言いながら自分の指定席とばかりに窓側の椅子に座り。スマホでゲームをしたり、部室内にある小説や漫画を読んだりする。
俺もいつでも来ていいと言った手前、特別注意はしなかった。
実際、先輩が来ても部室内は静かだった。最初のうちは。
一週間くらいたったころ。
二上先輩の行動が大胆になってきた。
俺に雑談を振ったり、本の感想を求めたりするようになったのだ。
今日なんて、家からノートPCを持って来て映画を見ている。ヘッドホンから音が漏れてるし、何かが起きる度に反応するのが気になる。
流石にこれは注意してもいいだろう。
というか、体験入部を終わりにしよう。そうしよう。
部員でもない先輩がここに通ううちに、色んな生徒の溜まり場にでもされたりしたら困る。
そんなわけで、映画が終わったタイミングを見て、俺は二上先輩に話しかける。
「ふぅーおもしろかったー」
「二上先輩……」
「あ、納谷君。今の映画ね、凄く面白かったの。それでね今度……」
「体験入部は終わりです」
「え…………」
二上先輩の表情が固まった。想定外の反応だ。なんかショック受けてるし。
「私、なにか納谷君に悪いことしたかな? 迷惑だった?」
「今日の映画鑑賞の音漏れはちょっと……。じゃなくて、ここは先輩の溜まり場じゃなくて部室なんですから」
「…………特に活動してないくせに」
「うっ」
痛いところを突かれた。先輩がいようがいまいが、俺は基本的にここでだらだらしてるだけだ。
「じゃあ、体験入部らしく。質問します。郷土史研究部の活動ってなんですか?」
「年に一度、文化祭で展示をします。街の文化財の写真とかをとって、まとめてね」
年に一度の文化祭。この部で忙しいのはその時だけだ。
とはいえ、資料の大半は部室にあるので、ちょっと新しい写真を撮ってくるだけで事足りる。手間は展示くらいだ。
「ほー。で、それ以外の時は何してるんですか?」
「……ぶ、部員の自主性に任せています」
「ほー、ほー。なるほど、ありがとうございます。あと部長、やっぱり私がいると迷惑ですか? 迷惑なんですね?」
「……いえ、別に迷惑では」
これといって実害を被ってるわけじゃないので歯切れ悪く答えてしまった。
それがいけなかった。
にやり、と悪そうな笑みを浮かべる二上先輩がいた。なんて顔しやがる。
「じゃあ、部長。体験入部、ありがとうございました」
ぺこりと一礼すると、荷物をまとめて二上先輩は去って行った。
「……俺も帰ろう」
もう下校する時刻なので。俺も帰ることにした。
そして翌日。
「こんにちは! 新入部員の二上穂高です!」
顧問に入部届を提出した二上先輩が堂々と部室にやってきた。
そして、天井のLEDの明かりを髪に反射させながら、綺麗な所作で一礼。
「よろしくね。納谷君」
弾むような口調で、実に楽しそうな先輩がそこにいた。
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