心中宵天神

濱口 佳和

 屋敷へ戻ると、中間の伊平が玄関前の敷石にうつ伏して泣いていた。

 いつもは迎えに出てくる家人も溜間にいて、皆一様に俯いていた。声をたてる者もおらず、尋ねても何も教えてくれない。啜り泣きの声が所々から聞こえていた。

 おそろしい予感がした。なにごとか変事が出来しゅったいしたらしい。

 父の居室へ急ぐ。

 夕日の差し込む座敷は無人だった。賄所に母の姿を探すが、それもない。

 奥へ続く廊下の隅で、女たちが抱き合うようにして泣いていた。

 用人の横田も見当たらない。探して、屋敷中を駆け回った。

 仏間の前に老臣はいた。閉じた襖を背に、なりませぬ、と強い調子でさえぎった。

 瞬時に悟った。

 止める腕を振り切って、襖戸を開いた。

 噎せ返るほどの血臭に口を覆い、我が目にしたものを疑った。

 父母がいた。白無垢を血で染め、うつ伏している。そこだけ浄めたように清清しい白木の三方に、訴状があった。

「若様……!」

 目の前がぐるぐる回り、そうしてなにもかもが沼のように沈んでいった。







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