第17話 目には目を

「もしもし、佐野です。あっ、先日はどうもお世話になりました。そうですか。迅速なご対応有難うございます。いえ、こちらこそ助かりました。……あれですか? 本当だと思います? もし本当なら事務所の力でもなんでも使って、各所に圧力掛けてあんな記事消し去ってますよ。厄介な情報でこちらの信用に傷を付けたくないので今回は対応しただけですよ」


 信用できる週刊誌の記者が電話の向こうで問いかけてきた質問に嘘で答える。櫻井さんとの噂は実際どうなんですか?なんてそんなストレートな質問に素直に答える人の良さは生憎もう持ち合わせていない。いくら信用できるとは言え、理佐とのことはもう誰にも知られたくないし、記者と言う職業柄、美味しいネタに食いつかない人はいないだろう。故にこの人にも本当のことは言ってはいけない。

「確かにこんな面倒なやり方をしなくても御社なら記事の一つや二つ簡単に消せますね。こっちとしては、火消し記事のかわりに大きいネタ貰ったんで有難いですよ。また何かあったらお力になりますから連絡下さいね」

 軽い笑みを浮かべているのが安易に想像できる話し方をするこの記者は、すきではない。その理由は、単に清潔感とデリカシーが不足しているから。そこを補えればもっと上に行くんだろうなー、なんて彼の声を遠くで聞きながら考える。


「では明日、誌面で確認します」

 明日、発売されるとある週刊誌。その誌面の中に以前、社長から受け取ったネタが掲載される。きっと明日以降、世間はそのネタであることないこと言って忙しくなるだろう。

 世間は誰かを非難批判することで、自分を正当化し【私は皆と同じ】【多数派で常識者】だと思いたがる。そして、それをする為に誰かの上げ足を取りたがり、誰かを悪者にしたがる。でも、そんなことをしながらも【弱者の優しい味方】にもなりたがる厄介者だ。

 理佐とのことをこれ以上調べられると面倒なことになる。それを防ぐには、世間の目を違う方向に向けるしかない。もっと世間が興味のある、叩きたくなるようなスキャンダルに。


 ロケ前に溜まっているデスクワークを終わらせようと少し早めに出社すれば、既に騒がしい社内に嫌な予感がする。

「おはようございます」

「あ、森橋。デスクからのメール読んだか?」

「えっ? メールですか?」

「まだなら急いでチェックして」

「……はい」

 自分の席に座った途端に隣の先輩からかけられた言葉に不思議に思う。デスクの人からメールなんて滅多にこないのに…なんだろう。


 えっ……


皆様

お疲れ様です。


デスクよりご報告がございます。

弊社所属の中野功と谷ひとみ夫妻に関しまして、添付資料にありますように双方共に不純異性交際がございました。この件に関しまして、当人たちも事実と認めており本日発売の週刊誌に添付の記事が掲載される事となりました。

皆様にはご迷惑をお掛け致しますが、各所からの問い合わせ・取材等がございましたらその場での回答は避け、担当の者(デスク)が対応中とお答え頂きますよう宜しくお願い致します。


 メールの内容に絶句してしまった。不倫スキャンダル記事。

 恐る恐るメールに添付されている記事をクリックする。そして、そこに表示された記事の見出しにはこう書かれていた【仲良し夫婦はビジネス夫婦 衝撃のダブル不倫発覚】

 記事の中には、それぞれ不倫相手と思われる相手との写真も掲載されていて衝撃的な内容だった。私ですら仲の良い夫婦だと思っていたのに。

「本人たちが事実と認めた以上、誤魔化せない。スポンサー含め今後の対応に追われるだろうから森橋も気を抜くなよ」

「はい……」

 中野夫妻は、うちの事務所でも特に売れている二人だから、広告にラジオに番組司会など二人でやっているものもあれば個人で出演しているものもある。今回の件で相当イメージに傷が付くだろうからもし全レギュラー、全広告降板になんてなったらかなりの損害だ。それに契約期間を残しての解除の場合は、損害賠償を請求される可能性だってある。これ、大丈夫なの……

 午前十時を過ぎた頃、会社の始業時間を待っていたかのように一気に鳴り始めた電話たち。スポンサークライアントや局・制作会社関係者はもちろん、沢山の報道関係者からもあの記事に関する問い合わせの嵐が始まった。

 問い合わせのくせに初めからあることないこと質問してくる記者に苛々しながら回答できない旨を伝えるが、それでも食い下がらず、どんどん一方的に質問や確認を投げかけてくる電話をもう手離してしまいたくなる。何も言わずこの受話器を置いてしまいたい。

 朝から何度も鳴る電話の対応に追われていれば、あっという間にお昼を過ぎていた。お昼ご飯の買い出しと息抜きがてら近くのコンビニへ。適当に菓子パンと飲み物を選びレジに向かう途中で目に入った雑誌コーナー。そうだ、あの記事まだ誌面では確認してないや。

 棚の中から目当ての雑誌を手に取り、表紙に書かれたあの見出しを確認し菓子パンたちと一緒にレジへ。事務所に戻りさっき買ったパンを片手に雑誌を捲る。目当ての記事は今朝メールで見たものと全く同じ文章と写真が並び現実を突きつけてくる。はぁ、と小さなため息と共に何気なくページを一枚めくったところで手が止まる。


【守られた純白! 櫻井の恋人は偽情報だった!】


 なに、これ……、偽情報?

 そこには以前別の雑誌で掲載された理佐の熱愛記事が偽情報であることや理佐と恋人と言われている相手の人が揃って交際の事実はないと否定していると言う内容とただの友人関係であること、雑誌に掲載された写真も二人きりで遊んだのではなく他にも二人の友人が近くに居たが、都合良いように写真が編集されていることが書かれていた。

「こんなの違う……」

 私は、嘘はついていないのに――

「森橋? どうした?」

「いえ、なんでもないです……」

「ん? あぁ、これ櫻井の記事?」

「……はい」

「ちょっと見せて」

 先輩はそう言って私の手から雑誌を取り、細かく記事を読んでいた。その表情は段々と柔らかくなり、その表情から私とは違うと感じる。

「森橋、良かったな。櫻井の件はこれで落ち着くだろう」

「……はい」

 良かった? 思わずそう口に出してしまいそうだった。だって、何も良いことなんてない。寧ろあの二人は世間に嘘をついたのに良いはずなんてない。

 ねぇ、理佐、どうしてあの人じゃないとダメなの、どうしてそこまでして……


 私の予想通り週刊誌の発売日からワイドショーでは、中野夫妻の不倫問題でもちきりだった。そして、櫻井理佐に関しては、「やっぱり理佐は純白の櫻井だった」と言われ、イメージ回復もしており、更に交際否定記事のおかげで恋人はいないと公表したようなかたちとなりそれがファンには安心材料となっていた。

「世の中の人はいつだって誰かを悪者にしたいんだ……」

 テーブルに置いてある雑誌に目をやり小さな小さな声でそう呟く。

 文面上とは言え、お互いが交際を否定したこともあり、これで世間はもう理佐と私のことなんて忘れるかどうでもいいとあしらうはず。これで良かった。これで良かったんだ。

 そう思うのになぜか寂しくて、まるで雨が降る冬の寒い夜を傘もささず、一人途方に暮れているみたいに心が冷えきっている。ぎゅっと自分で自分を抱きしめるように包み込んでみてもただ寂しさを感じるだけだった。

 友人と公言したんだ。だからもう会っても良いだろうか。堂々と友人のふりをして会って良いだろうか。会って「もう大丈夫だよ」って言って欲しい、そして、優しい君の体温を感じたい。これからも一緒だよって優しく微笑んでよ、理佐――


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