第10話 作られた十九日

「平日だから人少ないね」

「うん、混んでなくて良かったね」

 夢の国に入るなりお揃いの帽子が欲しいと興奮気味に騒ぐ理佐の願いを叶える為に目的の帽子を探し歩く。

「あれ、理佐?」

「えっ、美由紀?」

「うん。こんなところで何やってんの?」


 森橋美由紀。優しい表情で理佐に声を掛ける人物。いつか必ず会うと思ってた。でも、それはきっとスタジオや局の廊下、打ち合わせ室だと思っていたのにこんな場所で偶然会うなんて。偶然、何となく感じるその違和感に心の中が気持ち悪くなる。この違和感はなんだろう。

「何って、久しぶりのオフを満喫する為に遊びに来たに決まってるでしょ?」

「まぁ、そうだよね」

 優しいはずの彼女の表情はなんだかとても冷たくて怖い。

「理佐、一人じゃないよね?」

 今までこちらに視線を向けることなく真っ直ぐに理佐を見て話していたのに、急にこちらに視線が向けられ緊張が走る。ずっと気になってた人、ずっと意識してきた人。だけど、会えた嬉しさなんてこれっぽっちも感じない。だって彼女の目は、私を敵視しつつ温度を感じさせないよう冷酷な目だったから。まるで、出ていけと言わんばかりの目だ。


「えっと、うん、今日は同級生と一緒に来てて……」

 そんな彼女の真意を理佐はきっと気付かない。なぜなら彼女が理佐に向ける眼差しはこれでもかと言うほど、優しいのだから。

やっぱり、貴女はライバルか。余裕など無いのにどこか頭の中は冷静で予想的中と胸の中で小さくため息を吐く。

 私をどう紹介するか困った表情でこちらを見る理佐の目は、助けてと訴えてくるので仕方なく自己紹介をすることにした。

「初めまして。佐野なおと言います。理佐とは学生時代からの知り合――」

「知ってますよ。佐野なおさん」

「……」

「由香のマネージャーさんですよね?」

「……はい」

「由香から色々聞いてます」


 色々――そこに何が含まれているのか分からないのが怖い。

「私も知ってますよ。森橋美由紀さん」

「でしょうね」

「えっ、なお、美由紀のこと知ってるの?」

 驚いた表情も可愛いなーなんて頭の片隅で思いながら、理佐の問いかけに少し気まずさを感じる。

「……うん、同業だからね。色々話は聞いてるよ」

「そうなんだー、美由紀凄くいい人だからきっと、なおも仲良くなれるよ!」

「仲良く、なれるといいけど」

「大丈夫だって! 心配ないよ。ね、美由紀?」

「うん。佐野さん、宜しくお願いします」

「はい、宜しくお願いします」

 何を宜しくするのか。プライベートを抜きにしても理佐と夏目さんは広告関連では競合だと言うのにそのマネージャー同士が仲良くやってますなんて会社にバレたら仕事もやり辛い。それにきっと森橋さんも、仲良くするつもりはないだろうし、尚更私と馴れ合う気はないだろう。


「あれ、美由紀は誰と来てるの?」

 私も気になっていた事を理佐はさらっと声にしてくれた。

「……誰だと思う?」

 声にしたのは理佐なのに彼女は一瞬、私に視線を向けた気がする。理佐の反応を見ると特に気にしていない感じだからやっぱり気のせいだったかもしれない。でも、確かにあの一瞬に違和感があった。

「えー、誰だろう……飛鳥? それとも事務所の人?」

「正解はね……」

 理佐の後方を見つめる森橋さんを追うように私も視線を移した瞬間にドクッと心臓が音を立てて騒がしくなる。掌には微かに汗をかき緊張とは違う嫌な不安に襲われる。

 そうか、だから今日だけ、完全オフの休日だったのか……。

 彼女は慎重に足を運びこちらに近づいてくる。理佐に存在を気付かれない様に静かに気配を消してそっと、ゆっくりと。どうして此処に居るんだと焦る私の表情を見つけた貴女は、こちらに綺麗に微笑みかけた。完全にやられた…。

「だーれだ!」

「えっ、えっ誰? 誰?」

 充分に近づいた彼女は背後から勢い良く理佐の視界を遮り、私を見つめながら理佐に自分が誰かと問いかけている。また怖い人になってしまったんですね、夏目さん。

「あっ! 分かった! 由香! 由香でしょ?」

「せいかーい! さっすが理佐」

「分かるよー、声もそうだけど、バニラの香りしたもん!」

「なんだー、バレバレかー残念」

「えっ、美由紀、由香と来てたの?」

「そう。遅かったね、そんなに混んでたの?」

「うん、あそこ凄い人並んでてなかなかポップコーン買えなかったの。ごめんね」

「ううん、良いよ。待ってる間に理佐達に会えたし暇してなかったから」


 夏目さんは、ポップコーンが入った容器を首から外しそれを森橋さんへ渡した。そして森橋さんはそれを理佐に向けて「食べる?」と微笑み、ありがとうとそれに手を伸ばし美味しそうにポップコーンを食べる理佐とそれを見つめる森橋さん。目の前でそれを見てると自分の中の黒い感情が段々と大きくなっていくのが分かる。こんな子供みたいな感情を普段は必死に隠しているのに今は上手く隠せそうにない……。

 早く二人とわかれて理佐と二人にならないと危ない。頭の中で落ち着けと自分に言い聞かせるも目の前の光景に感情をどう処理していいか分からない。


「焦ってる」

 ポップコーンとは明らかに違う甘い香りが近づき、そう声を掛けてくる。

「……別に」

「今の佐野さん見るからにご機嫌斜めですよ」

「…」

「理佐と美由紀って昔っから仲良しだけど、今も凄く仲良いんですね」

 もう見ていたくないと目を背けたその光景を今度は夏目さんが眺めながら煽るように話しかけてくる。

「……そうですね」

「いいこと考えた! ねぇ、折角だし今日は四人で回ろうよ!」

 えっ、そんなの絶対に嫌だ。ただでさえ精神的に限界を感じてるのにこの後も一緒に行動するなんて絶対に耐えられない。

「いいねー! 賛成!」

 愛しい声はそれに賛成していておまけに右手を真っ直ぐに挙げている。

 もうため息も出ない…。許されるならその挙げられた手を取り握りしめて君と此処から逃げ出したいと言うのに。


 次はあのアトラクションに乗りたいと園内を歩いて移動している時、急に由香に腕を掴まれて前を歩くなおと美由紀から少し遅れてしまう。

「由香、早く行かないとなおたちとはぐれちゃうよ?」

「ねぇ、理佐」

「ん? なに?」

「佐野さんって恋人いるの?」

「えっ、なんで?」

「なんでって気になるんだもん」

「どうだろ……いるんじゃないかな」

「相手どんな人か知ってる?」

「……知らない」

「そっかー……じゃ告白してもダメか」

「えっ」

「えっ?」

「告白って、由香それってどういう意味?」

「うーん、どうって……好きって意味だけど?」

「その好きって……」

「付き合いたい。佐野さんの恋人になりたい」

「……」

「ねぇ、理佐。もしかして理佐も佐野さんのこと好きなの?」

「っ…」

「……理佐?」

 なおとの関係は誰にも言わない約束だけど、このまま由香がなおに想いを向け続けるなんて嫌。きっと上手く言えない、でも何も言わないで「応援する」なんて思われたくないし、絶対になおは誰にも渡さない。


「私は――」

「グループにいた頃もそうだったけど、」

「えっ……」

 やっと声を発した時、まるでわざと私の声に被せるように由香が話し出した。

「グループにいた頃からずっと理佐に憧れてた。でも、ずっとライバルでもあるって自分に言い聞かせてた。負けたくない、置いて行かれたくないって。でも私じゃ理佐の隣には並べなかった……。今はお互いソロで活動してるし、今度こそ負けたくないの。相手が理佐でも私はライバル相手に仕事も恋も遠慮なんてしない。だって、この世界はどんな過程があろうと結果が全てでしょ? それなら奪ったなんて思われたくない。選ばれたって私は思いたい。だから、佐野さんのことも遠慮しない」


 少しだけ震える声でそう言い放ち由香は理佐の目を真っ直ぐに見つめ冗談や揶揄いで言っているのではないと伝える。そんな由香を見て理佐も小さくぎゅっと唇を噛みしめる。理佐のその表情にもう後戻りはできないと由香は覚悟を決めた。絶対に負けない。

「渡さない。なおは誰にも渡さない」

「……やっぱり」

「もう誰にも傷付けさせないし離れないって決めたの!」

「理佐と佐野さんが付き合ってるのは知ってた。でも、私だって諦めないから」

 由香の強い気持ちを正面からぶつけられたことで、理佐の脳裏に思い出したくない記憶が蘇る。忘れてたのにどうしてまた……

 どうしてまたそうやって皆邪魔するの…

 どうして放っておいてくれないの…

 どうしてなおを奪うの…

 どうして……

 もう……、いや……


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