第4話 挫折と決意と好意
「美由紀、明日のスケジュールってなに?」
早朝の雑誌撮影に備えてまだ外が暗闇に包まれているうちに楽屋に入ったからか、理佐は大きなあくびをしながら眠そうな瞳でそう問いかけてきた。
「まだ今日の仕事も始まってないのに明日の予定?」
「…うん、明日って何時に終わるのかなと思って」
「明日は、最後が特番収録で二十二時終わり予定かな」
「場所は?」
「赤坂」
「赤坂か……」
「なに、明日何か予定あるの?」
「…ううん、久しぶりに家でゆっくりご飯作って食べたいなって思って」
「最近忙しいもんね」
「どこかの敏腕マネージャーのおかげでね」
「どういたしまして、ほらメイクさん呼んでくるからシャキっとして」
「えー、眠いよー」
「はいはい、いい加減目覚ましてね」
無理眠いって後ろで叫んでいる理佐を無視してヘアメイクさんを呼びに行く。
最近、理佐は早く帰れる日を異様に気にするようになった。その度に私は、もっと仕事を取ってこようって思う。理佐の頭の中が仕事の事で埋め尽くされるように。 そうじゃなきゃ理佐が私以外の他の誰かの事を考えていると思うだけで吐き気がする。グループ発足に伴い募集がかけられた一期生メンバーオーディション。当時、私はオーディションで無料配布されていたお弁当欲しさに応募したけど、オーディション会場で見たことないような美人に出会った。
それが、今では一流モデル兼女優の櫻井理佐。大切な仲間の一人で、私にとって何よりも儚くかけがえのない存在の人。グループにいた時は、秘めたままでいいと思っていたこの気持ちも今では抑えることが苦しくなる程、大きくなり過ぎてしまった……。
知らないと、気付いていないと、バレていないと思っている理佐はとても愚かで危なっかしくて怖い。どうして、あんな人を……。私はいい人じゃないから理佐のその恋を応援できないよ、ごめんね、理佐。
ヘアメイクが終わり完全に目も覚めた理佐は、カメラの前で次々とポーズを変える。シャッターが押されると同時に強い光がスタジオ中に飛び目が痛くなる。パソコンの画面に写し出される撮りたての画像をその場でチェックして、使用するカットの振り分けをアシスタントさんへ伝える。画面に写し出される理佐は、世間の人たちが知る櫻井理佐そのもの。いっそのことずっとその櫻井理佐でいてくれと願うほど、誰かのものになった櫻井理佐なんて見たくない、とまた邪念が頭をよぎる。
「お疲れ」
「お疲れ様、メイクって落とした方がいい?」
「ううん、今のナチュラルな感じならそのままで大丈夫かな」
「そっか、じゃ次の現場で直しだけお願いしよ」
「うん、着替えたらすぐに移動ね」
「はーい」
早朝からの撮影を終えて、次はテレビ局での収録に向けて足早に楽屋を出る。廊下を歩きながらスタッフさんたちと挨拶を交わし車に乗り込む。
「ねぇ、美由紀」
「うん?なに?」
「最近なんか……スケジュールキツくない?」
「そう?アイドル時代の方が過酷だったでしょ?」
「うーん、確かにそうだけど。でも今は仕事にもプライベートにも余裕を持っていたいかなって
思って……」
「なに?なんかプライベートでやりたいことでもあるの?」
「……別にそう言う訳じゃないけど」
「今は大事な時期だから、頑張ろうよ、理佐」
「……うん、そうだね。頑張る」
どこか寂しそうな表情で頑張るって言った理佐。ねぇ、理佐、あんな人がそんなに大切なの?
あんな人より私の方が理佐のこと知ってるよ?楽しい事も嬉しい事も辛い事も悔しい事も、あんなに一緒に経験して過ごしてきたのに……
どうしてあの人なの……
こんなこと声に出して伝える勇気も度胸も無くて、私はただ、いいマネージャーを演じることでしか傍にいる手段がなかった。
表向きの卒業理由は、家族に関係することだと世間には広まったけど、正直それも理由の一つ。でも、それだけが理由じゃなかった。本当はもっと皆と一緒に活動したかった、もっと色んな景色を皆と見たかった。でも、体が腰が限界だった…。
新曲のフリ入れやミュージックビデオの撮影だけでも腰が悲鳴をあげる程に体は壊れていた。もっと続けたいって気持ちと、ついていけない自分の体の差に悩んで迷って一人で苦しかった。
「美由紀と一緒に活動できないことよりも美由紀の体が壊れちゃう方が辛い」理佐はそう言いながら、少しでも腰の痛みが和らぐようにっていつも腰を擦ってくれて、私はその度に理佐から離れたくないって思ってた。自分の体がこんなんじゃなかったらもっと理佐と一緒に居られるのに。
私はセンターなんてやりたくない。そうずっと思っていたのに、腰の痛みが悪化するたびに、いつか理佐と二人でセンターに立ってみたかったなんて自分らしくないことも夢みてた。ダブルセンターはある意味、私と理佐の曲。その響きだけで特別だと思える。だから、最後に理佐との思い出が欲しかった、楽曲が作品としてだけじゃなくて、きっとファンの人たちにも私たちのダブルセンターは記憶に残って、何年か経っても思い出してくれる人はいるんだろうな、なんて現実にはないことまで考えて、あぁ、これじゃまさにないものねだりだって自分に笑ってしまいそうになったこともある。
満足に踊れない事でグループとしての質を下げる訳にはいかないから、私は卒業を決意した。
卒業後、まずは腰の治療に専念する為に暫く休養を取って自分のこれから、家族のこれからのことをゆっくりと、じっくりと色んな方面から考えることができた。私が本当にやりたい事、私が大切にしている事………私が求めている事。
考えれば、考えるほど答えは鮮明になっていく。私にとって一番大切で一番求めている事、それは、理佐の傍にいたい。それだけだった。
腰の調子も良くなってきた頃に車の免許を取り、アイドル時代にお世話になったマネージャーさんやお仕事で知り合ったスタッフさんたちのおかげで、とある芸能プロダクションに入社させてもらえることになった。私は本当に周りの人に恵まれていると実感する、これからはこの人たちに少しずつでも恩返しをしていかなきゃ。いつまでも助けてもらってばかりじゃいけない。
知り合いの紹介、所謂コネ入社と言うこともあって初めの頃は先輩たちも私をどう扱っていいのか分からない感じで困っていたけど、そんなの一緒に仕事するようになれば自然と距離感も分かって、いい意味で特別扱いはされなくなってほっと安心する。もう芸能人でもないんだし、そんなに気を使われたくない。それに今ここでマネージャーとしての経験を積めば、いつかもしかしたらまた、理佐に現場で逢えるかもしれない。
もしかしたら理佐のマネージャーになれるチャンスがあるかもしれない。またいつか、一緒に過ごせるかもしれない。そんなあの頃の淡い期待と真っ直ぐな気持ちをいつどこに忘れてしまったのか…。
今の私は、理佐のその恋にどう終止符を打つかばかり考えて、こんな真っ黒な根本に支配されていて、人には言えないほどひとでなしに成り下がってた。とても醜い。 ごめんね、理佐。
それでも、私は貴女が好き。
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