発掘調査
工事予定現場から土地の発掘調査を依頼された。
うちの会社の専門分野だ。私は20年以上パートとしてだが発掘作業に従事してきた経験と知識がある。50を越えるおばちゃんだけどそこらの若い正社員には負けない。
今回の現場は都市部の住宅地、建設の際には必ず事前の地中調査が義務づけられている地域にある。一戸建ての住宅を建てるそうで、敷地は60坪ほど。その半分を掘り下げ古代から中世の遺構がないかを調べる。
「それじゃ今日も安全第一で始めるぞー」
現場監督の声で午前から作業が始まった。
最初は大胆にショベルカーで土を削り取る。およそ地下1m強までが近現代の土で、それより下が江戸以前のものだ。そこからは私たちがスコップで掘り進めていく。
作業開始から1時間で、室町から鎌倉時代あたりの層まで掘った。
「出ました~」
一人の作業員が発見の報告をした。
皆で確認すると、柱の穴と残った木材だった。まもなく別の箇所でも同じような柱跡、さらに火を用いた跡も見つかった。四隅に一つずつの柱、ここには昔にも家屋が建っていたと判明した。
すると続々と遺物や遺構が見つかった。大半は土器や陶磁器の欠片で、他に鏡、数珠、中にはよくわからない鉄製品も発掘された。私たちは歴史の専門家ではないため、遺物の詳しい調査は別の専門機関に送らなければならない。
しかし自らの手で発掘をし、直接触れることで歴史を感じられるから私はこの仕事が好きなのだ。
ロマンに思いをはせながらも手を動かし続ける。今回はいたって普通の出土品ばかり。何かもっと貴重なものが出たりしないだろうか、そう思った矢先、土中でスコップの刃先がコツンと何かに当たった。
より慎重に丁寧に土をどけていく。
――出た、骨だ。しかもこれは人骨だ。
「骨、出ました」
周囲にそう伝えて、骨を確認する。形と大きさからして、大人の腕の骨だろうか。焦茶色に変色しているが紛れもなく人の骨である。
見つけるのは初めてではないが、毎回少し緊張する。遠い祖先の亡骸に触れていると思えば当然だろう。
と、その横からまた骨が出てきた。これはひょっとすると全身が埋まっているかもしれない。骨を取り出す前に周りの土を全て取り除いていく。骨を傷つけないよう、そっと細かい作業が求められる。
他の人も呼んで3人で進めていく。
「ふぅ、一先ずこんなもんか」
「これは……」
「凄いですね……」
1時間後、周囲一帯から可能な限り土を取って現れたのは、一面膨大で多様な骨に覆われた地面だった。
最初の腕の骨など正に氷山の一角に過ぎなかったのだ。わずか30坪の土地に建っていた中世の建物の下には数え切れないほどの骨が積み重なっていた。
私もこの20年で初めて見る。冷えた汗が首筋をつたう。
それぞれの骨を確認していく。
だが、それをするまでもなく不可思議な点に気付いていた。
1、骨は全身揃っている物もあれば明らかに腕や脚など一部しか見つからない物もあること。
2、年齢もバラバラ、生まれたばかりの赤子もいれば大人も大勢いること。
3、動物の骨は一切見つからないこと。
4、ここは確実に墓地ではなく屋内だった。にもかかわらず大量の人骨が埋まっていること。
はっきり言って異様で異常な現場だ。
激しくなる動悸は歴史のロマンから来る高揚感じゃない、未知なる出会いに対する恐怖感だった。
何らかの宗教的儀式をした場なのか、口減らしの姥捨て子捨ての場だったのか、戦没者を奉った場なのか。恐らく国内に同様の発見があった場所はないだろう。ここが初の事例なのだ。
こんなに嬉しくない新発見もそう多くはない。
写真資料を何枚も撮ったあと、一つずつ骨を取り出していった。
しっかり番号を振って袋に入れる。あとでばらけないようにするためだ。
黙々と作業する私たち。一刻も早く作業を終わらせたかった。
手にする人骨の中には、綺麗に切断されたものや細かく棘が生えたおよそ人間のものとは思えない形状の骨もあった。手袋越しでも触れるのが躊躇われた。
全てを回収するだけでも4時間を費やした。
皆、肉体的にも精神的にも疲労困憊だった。
発掘品は全て一度トラックで会社に運んで、後で別機関に送られる。
日も落ちたので、本日の作業はここまでとなった。
いつも以上に静かな現場解散だった。
翌日、私が朝から現場に向かうと昨日掘った四角い穴の手前で茫然と立ち尽くす人が。近寄ると現場監督だった。
「おはようございます。どうかしたんですか?」
私が後から声をかけても反応がない。首を下に曲げて穴を見つめるだけだ。
昨日あんなことがあったから現場を見て考え事でもしているのか、私も穴の中を覗いた。
自分がまだ寝ぼけているのかと思った。
穴の中には全て発掘して回収してはずの人骨が昨日と同じようにギッシリと穴に敷き詰められていた。
「え、ちょっ、監督、これ元に戻したんですか?」
私は思わずそう聞いた。
「……そんなわけないだろう。全部会社に持って帰って倉庫にしまったよ。なのに――」
長年付き合いのある監督の顔は私も初めて見る表情をしていた。原因不明の事態に遭遇すると、人は慌てるのでもなく泣き出すのでもなく、ただただ呆気にとられて為す術がなくなるんだと知った。
眼下に広がる骨の海が圧倒的重量の死の塊に感じた。
「もしもし」
監督が携帯でどこかに電話をかけた。
「まだ会社か?……そうかなら道中で灯油50リットルとマッチと、あと線香と塩を一袋買ってこい。いいな頼んだぞ」
それは部下への命令だった。彼の言った言葉から私もこれから何をしようとしているのかすぐにわかってしまった。
口には出さなかったが心の中ではその行動に賛同していた。
たぶん、目の前のこれらは素人の我々が手を出してはいけない代物だったんだ。
1時間半後、やってきた部下は眉をひそめた顔でこちらに歩いてきたが穴を見た瞬間、全てを悟っていた。
続々とやってくる他の作業員も一目見たら納得して、その処置は全員一致で決定された。
穴の中には塩と50リットルの灯油が注ぎ込まれ、火を灯した線香がみなに配られた。
監督が「安らかに」と言ってマッチを放り投げ、発掘現場は業火に包まれた。
私たちは線香を中に投げ入れて合掌した。
その後、急いで重機を動かし炎の上から土砂を流し込んで完璧に埋め戻した。
これでこの土地の発掘調査は完了した。
地主には監督が「特に遺跡や遺物は出てこなかった。あと、地鎮祭は盛大にしっかりと行なうように」ときつく念を押した。
無理矢理なお清めが功を奏したのかはわからないが、私たちの会社で不幸は起きなかった。
私も後であの土地について色々調べたが、詳しいことはわからなかった。
一つだけわかったのは、鎌倉時代末期の古地図に記されたあの土地の場所には「忌社」と書かれていたことだけだった。
「きしゃ」と読むのか「いみやしろ」と読むのか、その言葉の意味は不明だった。
今は予定通り、あの場所には地主の素敵なマイホームが建っている。
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