午後の公園
先週、リストラされた。
近所の公園のベンチに腰を下ろし、コンビニで買ったばかりのおにぎりの封を切る。
民家に囲まれた小さな公園。平日昼間に利用者などなく、閑散としている。
ハローワーク帰りで消沈した俺の他に、ハトが数羽、一心不乱に地面をつつくばかり。食べ物も無いのに何をしているのか。
あいにくおにぎりは俺のなけなしの金で買った食料。他人にやる余裕はない。
自分も大概だが、ハトが哀れに思えてきた。
食事を終えた俺はお茶を一口飲んで、タバコを取り出した。
金欠だというのに浪費が止められない。どうしようも無い人間はどんな状況でも変化しないものだ。
ぷかぷかと煙を吹かす。俺にとってこの時間が唯一の至福なのだ。
お供にいい酒でもあれば文句なしだが、さすがに手を出さなかった。このあとも午後から職探しをしなければならない。
今はハトを眺めることで我慢せねば。酒の代わりには程遠いが、ひもじい時の暇つぶしにはなる。
首を前後に振る、時折クルクルと小声で鳴く、地面をつついて何かを食べる。ひたすら同じ動作の繰り返し。それは何羽集まっても変わらない。違うのは見た目だけ、中身はまるっきり同じ存在なのだ。彼らは四六時中決められたかのように行動する。
「人間もハトと変わんねぇな」
ぽつり、呟いた。
それならいっそハトに生まれた方が幸せだったかもしれない。お金は要らないし仕事もしなくていい。食って寝て交尾して、どこかで孤独に死ぬ。
そりゃ平和の象徴とか言われるよ、奴らは享楽と引き換えに平穏を手に入れたんだから。
くだらない思考を巡らすうちに、俺が耽っていた一本の享楽は煙と燃え滓に消えた。
そろそろ時間だ。面接に間に合わなくなる。
俺は地面に残り短いタバコを押し当てそっと置いた。
膝に手を当てないと立ちにくい身体で公園を出ようとした。
やけに辺りが静かだと気づいた。
いくら人気がないにしても、近くには大きな国道もあれば活気溢れる商店街もある。
人通りが少ないにしても、買い物帰りの主婦や犬の散歩をする老人くらい居そうなものだが……今は誰もいない。
動く存在は俺と――10羽弱のハトだけ。
場に妙な緊張感を感じる。空気が張り詰め、息苦しい。この居心地の悪さは何から発せられているのか。身の回りを探るように目線を配らせる。
・・・・・・どう考えてもハトが原因だ、と俺は確信した。
ハトを睨みつけると全羽が一点に俺を見つめる。横から見れば愛くるしさのある顔つきは正面の視点からは転じて怒りの表情に見えた。
言ってしまえば単なる小鳥の類。そんな動物に大の大人が気圧されるなんてあるだろうか。
男はすっかり腰が引けてしまい、冷や汗が止まらない。
ハトは俺の方を向いたまま一声も発さない。
震える俺をさらに追い詰めるように、追加のハトの群れが飛来した。
数分と経たずに辺り一面おびただしい数のハトで埋め尽くされた。滑り台やジャングルジム、樹木の上までびっしりと鳥が居座る光景。
何千何万羽の意識が、全て俺に向いている。
俺が何をしたって言うんだ……!
心の叫びは切実だった。
どうすればいいのか、何も解決策が浮かばない。面接のことは頭の片隅にすら残っていない。視界を占拠する鳥畜生は脳の思考域まで侵していた。
膠着状態が何分続いたろうか。
「「「ギャアェェェェェェェ!!!」」」
なんの前触れもなくハトの嘴が開き、鳥とも人ともわからない断末魔の如き鳴動が男の鼓膜をつんざいた。手のひらでは防ぎきれない絶叫に気分は最高潮に悪くなる。
脳みそから胃腸まで揺さぶられ、堪らず俺は耳を塞いだままおにぎりを嘔吐した。それでも鳴き止まない。
爆音に意識を失う寸前、辛うじて見開いた俺の目に映ったのは平和の象徴には相応しくない、憤怒の表情をした無数の己の顔をした鳥だった。
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