古民家宿

 栃木県の某有名神社にほど近い山麓。ここに小さな村がある。

 いまや戸数は10強、人口は30未満で平均年齢68歳の限界集落だが歴史は古く、安土桃山時代からこの土地で続いている。

 その歴史と増える空き家を活用して、近年は宿泊施設として古民家の貸し出しを行なっている。観光地までのバスも運行されているため日本人のみならず外国人観光客の利用も増加している。

 

 そんな村の古民家だが、中でも大きく立派な築200年を越える豪農の屋敷がある。そこは奇妙な現象が起きるという。


 噂はこんな話である。

 ある20代男性3人の外国人旅行者グループが屋敷に泊まった。

 内装はほぼ手つかずで、茅葺きの屋根と土壁に樹齢300年の杉の柱と梁、囲炉裏も竈も畳も当然ある。日本人でも珍しいこれらの様式に彼らは大満足。しかし、他の利用者もいるにもかかわらず大声ではしゃいで写真を撮りまくり、相手の言語による管理人の注意にも全く聞く耳を持たなかった。

 困った管理人だったが、もう日も暮れた村で他に止まれる場所もなければ交通手段もない彼らを追い出すわけにもいかない。ぐっと怒りをこらえて仕方なく3人を一番奥の部屋に押し込んだ。

 

 その日の夜中。

 離れに寝泊まりする管理人は日付をまたいでも騒ぎ続ける旅行者達のせいで眠れなかった。しかも先ほどから一段と大声や笑い声が壁を越えて耳に入ってきた。

 いい加減怒りに行こうか思案していると、急にピタッと彼らが静かになった。と思いきや今度はパニックになったような恐怖による叫び声が響いてきた。

 蜘蛛か虫でも出たかと、布団から起きた管理人が急いで客間に向かうと月明かりのみの暗い部屋で外国人3人はへたり込んで泣き喚いていた。ただ事ではない雰囲気。


 管理人がその内の1人に何があったのか聞いた。すると、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」荒い鼻息が聞こえるだけで、両手が口を塞いで何も言わない。眼は激しく左右に泳いでいた。


 こいつじゃ話にならない。隣の身体を丸めて耳を塞いでる人に耳元で事情を尋ねた。

「ああ! うああはあ、ううはああ!」言葉になりきれない、息がはき出されるのみだった。


 こいつもだめだ。残る1人は――涙を抑えているのか、掌で両目を隠していた。


 管理人は何があったか説明しろと問いただした。


 彼は、すぼまった喉で声を振り絞った。

「そ、そこの梁の、上に・・・さ、サルが3匹・・・・・・おれらの、眼とか耳とか舌を・・・・・・っ!」

 

 そう言いながら天井を指す指は小刻みに痙攣していた。


 管理人が梁を見ると、暗闇に紛れてドラム缶くらい大きな3つの毛むくじゃらの猿がヒャヒャヒャッと鳴いていた。


 なぜだか3匹それぞれが己の目口耳を塞いでいるように見えた。



 

 その後救急車に運ばれた外国人3人はそれぞれ、舌の切断、鼓膜の著しい損傷、両目の失明していたことが判明した。





 以来、この屋敷の奥の部屋は使用禁止となり、中に安置された神棚への祈りと毎日の供え物が欠かせないという。

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