終わりなき愛

意味もないのに来てしまった。



ここは海沿いの大きな遊園地。


今は一人だけれど、毎年彼氏とよく遊びに来ていた。


別れてからは初めて訪れるし、一人で来るのも初めてだ。




入場口でチケットを買う。

「……大人一人で」


それを聞いた受付の人の顔は気まずそうだった。


私の目が死んでいたからだろう。





ゲートをくぐり抜けて、和やかな音楽に迎えられる。


平日だからさすがに客が少ない。

数人の暇人を乗せて動くアトラクションの様子は、見ていて滑稽だった。




視界に入るあちこちから記憶が誘引される。


あそこの売店で買ったソフトクリーム、あいつすぐ落としてすっごく落ち込んでたな~、とか。

無理矢理お化け屋敷に連れてかれたと思ったらあいつの方がびびりまくって爆笑したっけ、とか。


他人から見ればくだらないどうでも良い一つ一つが、今でもこんなに愛おしく感じられるのは自分でもバカだなと思う。


だけどいまは、もうしばらくはこの気持ちに浸っていたいと自分が心の中で叫び続けている。






閑散とした道をひたすら歩いてたどり着いたのは、園内で最も高さのあるアトラクション――観覧車だ。



ここにくると必ず最後に二人で乗ったのが観覧車だった。


ベタだけど、まぁ頂上辺りでキスするのも暗黙の了解だったと懐かしむ。



ぐっと目頭を押さえて、気持ちを整える。





入口から2回踊り場を折り返しながら階段を昇る。


係員に誘導されて、右回りに動く鉄の籠に乗り込んだ。


座るのはいつも扉のすぐ右側だ。





扉を閉じられれば音もない寂しい空間。


楽しげな遊園地の雰囲気から隔離され、悲しみが再び湧き上がってくる。




ゆっくりゆっくり回る籠。それは中腹くらいまで来た時だった。




「ねぇ、手つないでもいい?」


「うん」




誰っ、と思った。


ぼんやり眺めていた左窓の景色から首を正面に戻すと、若い男と女が座っていた。



「きゃぁっ!!」


叫ばずにはいられなかった。


見ず知らずの人が乗り込んでいただけじゃない、二人とも頭は割れて手足は捻り折れ曲がり、浅黒い血にまみれていたのだ。



なんとかここから出ようとパニックになる私。しかし、すぐに冷静さを取り戻した。


彼らは人じゃないとわかったから。

これだけ叫び暴れる私に全く反応しないし、二人の世界に没入している様子だったからだ。



深呼吸を2、3度して呼吸を戻した。



狭い籠内で二人は会話を続けた。




「よくこの観覧車にふたりで乗ったよね」


「…うん」


「あんた、いっつもてっぺんでキスしようとしたよね」


「……うん」


「……もう、元に戻れないんだよ? それでもいいの?」


「…………うん。これしかないんだ」




外観はどう見ても喉が潰れているはずなのに、私には二人の会話が苦労なく聞き取れた。



握られた手と手は骨が軋んで、強く握り合う度にギシギシと音を立てた。



しばしの沈黙。



したたり落ちる血液の雫が床に大きな血だまりを作った頃、観覧車は折り返しの頂上手前まで来ていた。




言葉を無くしたように、真っ白な頭のままで二人を見つめる私。






男が口を開いた。



「行こうか」


「…っん」




無言で頷く女。




すっと立ち上がった二人は手を繋いだまま、男を先頭にしてドアをすり抜け外に飛び出した。


勢いに引っ張られて女も後に続いた。






「あ、あぁ」

私が密かに予想していた結末が訪れた。



ひどく現実的な夢みたいな出来事だった。





小刻みにゆれる観覧車が遠くにあった意識を戻してくれた。



衝撃的な事故をこの目で見たはずなのに、どこか安堵している自分もいて驚いた。




「わたしにあんな覚悟はなかったなぁー……」



ぽつりつぶやいた。







長く感じた15分の回転が終わる頃には、私の胸にぎっしり詰まっていた感傷の綿は綺麗さっぱりなくなった。




軽い足取りで階段を降りた。


来た道を引き返す時、ふと気配を感じて観覧車を振り返った。


二人の男女が仲むつまじく係員に気付かれずに籠の中に入っていくのが見えた。



彼らはこれで何回目なのかな。そう思った。








彼らは人生最大の決断を終え続けている今、果たして後悔していないのだろうか。



一時の感情に身を任せて運と人に流されてしまうと、誰でもああなる可能性はある。



もしかすると私も男と一緒に、あんな歪みきった愛に落ちていたかもしれない。





そんな考えが浮かばなくて本当によかった。



私は胸をなで下ろしながらもう来ることはないだろうゲートを後にした。






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