恋せよ天敵。いずれ二人が過去とする永戦世界にて

穂積潜@12/20 新作発売!

第一章 カタハネと不殺

第1話 出会い

 小高い丘の上に、フレドは佇んでいる。


「フレド。本当にくるのか? もう規定の時間から三秒も経っているぞ」


 懐中時計をしきりに確認しながら、傍らで戦友――シズが呟く。


 出目金のように不格好なゴーグルを装着した彼女の、女性にしては大柄な体躯がぷるぷると震えている。


 顔立ちは悪くないが、シズの常に纏っている陰気なオーラが、不必要に人を遠ざけていた。


「来るだろ。『天使』は俺たち『冒涜者』と違って、時間厳守に基づいた集団行動を重視するような文化はないからな。そこらへんもルーズなんじゃないか。つーか、そもそも時計を持ってないかもな。あいつら」


 フレドは、呑気に欠伸をしながら答える。


 身に纏うのは、いくつものポケットがついたオーバーオール。


 そのポケットの一つ一つには、常人には用途すらわからないであろう工具が収納されていた。


「わからないぞ。もしかしたら、これは軍部の罠なのかもしれない。いや。きっとそうだ。ボクたちとあいつらは、ここ一○○年間ずっと戦争を続けてきたんだぞ? 細かな中断期間を除けばそれこそ、云万年の間、殺し合ってきたんだ。それが今更、二種族協同の『合同部隊』を作るなんて、そんな都合のいい話があると思うか?」


 シズがはるか上空をにらみつける。


 フレドも釣られて空を見た。


 おそらく天気は晴れだと思う。


 断言はできない。


 太陽を遮る不粋なカーテンが、空を覆っているから。


 あの一匹一匹、その全てが凶悪なモンスターなのだと思うと、フレドもさすがにうんざりする。


 こんな閉ざされた世界なのだから、隣にいる少女がネガティブになっても仕方がない――とはもちろん思わない。


 少女は――シズは、元々こういう人間だと、今までの経験からよくわかっていた。


「だから、今がお前のいう『細かな中断期間』なんだよ」


 フレドは、そこで周囲に視線を転じた。


 辺りには、数ヶ月前の戦争の傷跡があちこちに残っている。


『天使』の空けた、クレーターに近い大穴。


 もしくは、フレドたち『冒涜者』が搭乗する兵器――『フネ』の残骸。


 白骨化した骨もちらほら散見される。


 それらは全て、フレドと同じ『冒涜者』のものだ。


 だって、もし『天使』の遺骸ならば、それらは今頃、漏れなく貴重な「フネ」の動力源として活用されているはずだから。


 死に対する悼みはあるが、同族に対する親近感はない。


 敵とされる天使への憎しみもない。


 あるとすれば、こんな馬鹿らしい状況を作った、因習への怒りくらいだろうか。


(超えてやる)


 強くそう思う。


 そのために、フレドは今ここにいるのだから。


「なあ、フレド。きっと、ボクらは休戦のための生贄なんだ! 天使族の奴らのガス抜きのために、むしゃむしゃおいしく頂かれちゃうんだ! 今ならまだ間に合う! 逃げよう!」


 シズはそう言って、フレドたちの乗ってきたフネに抱き着く。


 全長二○メートルに及ぶ、翼の生えた人型の機体。それを構成するのは、動力源を除けば、全てモンスターから採取した資材だ。


 フレドが自身の手で一から作り上げた鈍色のこのフネは、一般的な基準でいえば『軽量級』に属する。形状は、軍内で『腰の曲がった老婆』と揶揄されるような、ソリッドな前傾姿勢をとっているが、フレド自身は『拳闘士』と呼んでいた。


「逃げるって、シズの姉みたいにか?」


「それを言うな! ああ! そもそも姉貴が天使族と駆け落ちするなんていう前代未聞の愚行を犯さなければボクもこんな所には――ああ、そんなこと言っていたら、ほら! 来た! ボクたちを殺しに来た!」


 シズは上空の一点を指さすと、一人で勝手にフネに乗り込む。


「さすが、観測士としての腕は確かだな」


 フレドは皮肉と称賛を込めて呟く。


 シズの極度なまでの厭世的な思考は、戦場においては危機察知能力という特技に変わり、何度もフレドの命を救ってきた。


 今も、フレドでは気づかない天使たちの接近に、シズは気付いているらしい。

 一分ほど経って、ようやくフレドもその存在を視認する。


 天使が二人。


 一人は、灰色の翼を持つ、小柄な少女だ。


 髪は茶髪のショートヘア。子犬じみた丸っこい顔に、にこにこと笑顔を浮かべている。メイド服を着ている所を見ると、従者かなにからしい。


 そして、その茶髪に抱えられるようにして、もう一人の少女が降りてくる。


 コバルトブルーの澄んだ瞳。わたあめのごときふわふわとした金髪に、触れれば壊れてしまいそうなほどに華奢な体躯と、適度に膨らんだ胸部。


 服は澄んだ湖面にも似た、水色のワンピースだ。


 緊張か、警戒か、憮然とした表情で、腕組みしている。


(なぜ自分で飛ばない? 貴族の流儀か?)


 などと、一瞬邪推したが、すぐにその理由に気が付く。


 およそ完璧といっていい彼女の容姿に唯一欠けているものがあるとすれば、それは『翼』だ。本来一対であるはずのそれが、彼女には左にしかない。


 片翼なのだ。


 つまり、彼女は自力で飛べないのだろう。


(なるほど)


 フレドは、一瞬で状況を理解した。


 長きに渡る天使族と冒涜者の争い。


 次の戦争のための仮初の休戦協定。


 茶番じみた時間稼ぎを演出する目的で作られた、不倶戴天の者同士が共に戦う『合同部隊』への参加者。


 そんな貧乏くじ引かされるような奴は、どんな組織にも一種類しかいない。


 要はフレドたちと同じく、彼女たちもまた、向こうの集団における『鼻つまみ者』という訳だ。

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