第53話 死は究極のマイナスです☆

「それに心配なんかしなくても、ユウトってばかなりのお金を貯め込んでいるのですよ☆」


「え、そうなんですか?」


「《想貴石そうきせき》――《想念獣》を討滅した後に残る美しい宝石を見せてもらったことはありませんか?☆」


「あ、なんどか見たことあります。すごくきれいな宝石ですよね」


「あれはですね、強い想いの力がこもった一種のパワーストーンで、その筋では相当な額で取引されているのですよ☆」


「相当な額……ごくり」


「特に上質なものだと数千万、時には億を超える値段を付けるものもあります☆ だからユウトの懐具合を、マナカちゃんがいちいち心配してあげる必要なんて、これっぽっちもないのですよ☆ むしろ可愛くおねだりするぐらいでちょうどいいのです☆」


「あんまり、その、人におごってもらうのは気が引けるといいますか……」


「もうもうもう!☆ まったくマナカちゃんときたら、器量よしな上に性格もキュートですね!☆ 今すぐにでもお持ち帰りしたいくらいですよ!☆」


「あ、あはは……」


「頼むから犯罪だけはやめてくれよな?」


「言うに事欠いて失礼ですね☆ だいたいユウトもなんですか☆ 甲斐性なしっぷりは変わりませんね☆ どうせ一緒にいるのに服の1つや2つおごってあげたこともないのでしょう☆」


「ぅぐ――」


「やれやれまったく☆ 甲斐性なしのユウトに尽くす健気なマナカちゃん……そんなマナカちゃんにはのちほど私の最新作をプレゼントいたしましょう☆ いえいえそんな、遠慮はいりません☆ ちょうど新作の完成見本が上がってきたところですので☆ このままここで捨て置かれるより、マナカちゃんに着てもらった方が服も喜ぶというものです☆」


 博士は遠慮しいしいのマナカを強引に納得させると、今度は俺に向き直った。


「ユウト、女は度胸、男は甲斐性です☆ ユウトは元がいいのですから、あとは女の子をエスコートするスマートさを身に付ければ、あとはもうより取り見取りですよ☆」


「へいへい」


「あ、でもでも、こんな風にリアンさんに会える機会を用意してくれましたし! ユウトくんってぶっきらぼうに見えて、色々気を使ってくれてるなって感じることが結構あって。並んで歩く時には自分が車道側になるように歩いてくれるし、荷物を持ってくれたり、服だって褒めてくれて。ほんと、すっごく優しい男の子ですから!」


「うふふ、分かっています☆ 今のはちょっとした冗談なのです☆ でも良かったですねユウト☆ こんなかわいい子に褒めてもらって☆」


 ニヤニヤといやらしく笑いながら軽口を叩いていた博士は、しかしふと真面目な顔になるとこう言った。


「ユウト☆ 量産化前とはいえ《スーパーダイラタンシー》は私の研究の最高傑作です。装備したからには、必ず生きて戻ってくるのですよ☆」


「着用者が生還できなきゃ、開発にも疑問の声があがるだろうしな。約束はできないが、努力はする」


 世界最強であることが求められ続ける米軍は、当然のことながら結果に関して実にシビアだ。

 役に立たないと判断すれば、どれほど時間と巨費を投じたプロジェクトであっても、容赦なく凍結・廃止してしまう。


 博士の懸念はもっともなことだった。

 しかし――、


「うーん☆ 少し、勘違いをしていますね☆ 生きて帰ってほしい理由は、単に私の個人的な感情です☆ 私はユウトのことを、あなたが思っている以上に気に入っているのですよ☆」


「なんだよ急に真面目な顔して……」


「人は死という究極のマイナスで一生を終えます☆ だから私はその過程である私の一生を、プラスで彩りたいのです☆ プラスを積み重ねることで、最後に待ち構えている究極のマイナスを少しでも差し引きゼロに近づける――それが私の人生観です☆」


「面白い考え方だな、参考にさせてもらおう」


「だから――だからユウトは最後まで何があっても生きようとあがいてください☆ あなたの死は私にとって大きすぎるマイナスなのです☆ あなた自身のため――だけでなく、どうか私がプラスを積み重ねるためにも必死に生き伸びてください☆」


「……善処する」


「よろしい☆ では湿っぽい話はもう終わりにしましょう☆」

 そうい言って再び博士はマナカへと向き直った。


「マナカちゃん、早速ですが私の――カーネリアン=アルマミースの最新作を試着してみてくださいな☆ きっと似合いますよ☆ 気に入ったのは全部プレゼントしちゃいますからね☆ ささ、こっちです☆ あ、ユウトは覗かないように☆」


「覗かねーよ、俺を何だと思ってるんだ……」

「重度のシスコンでしょうか?☆」

「うるせーよ」


「じゃあ、ユウトくんちょっと着替えてくるから待っててね。ちゃんと感想聞かせてよね?」

「ああ、わかってる」


 マナカが博士に連れられて奥の部屋に入っていくのを、俺は何をするでもなく眺めながら見送った。


 すぐに部屋の中からマナカのはしゃぐ声が漏れ聞こえてくる。

 楽しそうで何よりだ。

 それでこそ連れてきたかいがあったというものだ。


「それにしても……死んだら終わり、か。そんなことを真面目な顔してイチイチ言うなっての。いつも憎まれ口をたたき合ってるあんたにそんな風に言われたら、調子が狂うじゃないか」


 誰に聞かせるでもなく、俺はひとり呟いた。


「しかも言い方がまた回りくどいときたもんだ。なにが、私の人生にマイナスだから死ぬな、だ。こじらせたツンデレかよ」


 ほんと、心配されなくたって簡単に死ぬつもりはさらさらないってーの。


 ――でも、だ。


 俺にとって究極のプラスとは、奴を――《蒼混じりの焔ブルーブレンド》を討滅し一門と姉さんの仇を討つことなんだ。

 そのために俺は生きているんだ。

 

「そのためなら俺は――」

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