第52話 《スーパーダイラタンシー》
「――それより例の物なんだが」
話が一段落したところで、俺はようやっと今日会いにきた用件を切り出した。
「もちろん、できていますよ☆ と言ってもまだまだ試作品ですけれど☆」
「ああ分かってる。早速で悪いが見せてくれないかな」
「了解です☆ 少々お待ちを☆」
言って博士は奥のクローゼットまで行くと、すぐに1着の服を持って戻ってきた。
「はいどうぞ☆」
「これが? いやでも、まさかここまで薄いとは」
差し出されたのはパッと見には普通の被服素材と見間違えるような、薄手の素材でできたアンダーウェア。
「厚さ0.9ミリ☆ 運動性を限りなく犠牲にせずに、筋肉サポートや発汗性能なども高いレベルで盛り込んであります☆ ちゃんとご要望通りに仕上がっておりますよ☆」
「いや想像以上だ。さすがはカーネリアン=アルマミース博士だ」
「大したことはありません、しかるべき結果です☆」
並いる天才科学者をして特別だと言わしめるのがその高い実現能力だった。
「ねぇねぇなにそれ? ……って全身タイツ?」
さっきから興味深げにやりとりを見ていたマナカが、我慢できなくなったのか口を挟んできた。
「違う――いやまぁ広義では全身タイツだろうけれど」
「マナカちゃん、これがさっき言っていた《スーパーダイラタンシー》です☆ 私が研究しているウェアラブル・シールド『イージスの盾』計画の最終完成形です☆」
「いーじすの盾?」
「ギリシャ神話に出てくる女神アテナが持っている最強の盾のことだよ。米軍はこういう無駄にカッコイイコードネームが好きなんだ。砂漠の嵐作戦とか」
「そうなんだ」
「これはですね、一定以上の圧力を受けると瞬間硬化する複合流体金属で作られた極小繊維、それによって編まれた防弾・防刃性能を備えた超高機能アンダーウェアなのです☆」
「は、はい……」
「言うなれば『科学の盾』と言ったところでしょうか☆ ちなみに全身タイツは英語で『zentai』って言うんです☆ 日本人の知らない所でグローバルスタンダードになってしまった日本語の一つですね☆」
「『全タイ』って、おい……日本文化に対する外国人の感性は、時おり理解しがたいものがあるな……」
「シミュレーションでは、突入作戦における特殊部隊の生存率が約9%向上するという結果が出ています☆ この数字はもはやパラダイムシフトと言っても過言ではありません☆ まだまだ試作段階ですけれども☆」
「ふぇー」
この反応を見る限り、マナカは多分いろいろ分かってないっぽいな。
要らんことを言わないようにと、分からない時には口数がめっきり減る分かりやすいタイプだった。
「で、ずばりいくらなんだ?」
「お友達アーンドお値打ち価格で250万ってところですね☆ 全部で4着用意しました☆」
「わかった、全部貰おう」
「1千万ですね☆ まいどあり☆」
「金は週明けにいつものところに振り込んでおくから」
「了解しました☆」
「えっと、その、なんかすごい金額が出てきたんだけど……えっと、ジンバブエドル的な?」
「……あったなぁそんな通貨。100兆ジンバブエドル紙幣が発行されたってニュースは割と衝撃的だった。いや、そうじゃなくて普通に日本円だよ」
「え、だって、え、全身タイツ1着に250万円??」
「これでもお友達価格なんですよ☆」
「ええっ!?」
「逆だよマナカ。たった250万円で命が助かるかもしれないんだ。そう考えたら別段、高くはないだろ? 命あっての物種だからな。ま、代わりに定期的にデータを供出しないといけないんだけど」
これが微妙に面倒くさかったりするのだが、背に腹はかえられない。
「実用テストということで、プロトタイプを特別にお渡ししているのです☆」
「ほんと、いつも便宜を図ってくれて助かってる」
「ご安心ください。あなたのデータは非常に有用性が高いので、こちらとしても重宝しておりますので☆」
「あ、ウィンーウィンの関係ってやつですね!」
「ふふふ、難しい言葉を知っていますね☆」
「いえいえそれほどでも」
「いや別に難しくはないだろう?」
という俺の言葉は、当たり前のようにスルーされた。
好意を持った相手にはとことん甘いアルマミース博士であった。
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