第45話 戦う理由

「そして4年前、事件が起こった。一体の強力な《想念獣》が現れたんだ。そいつは一年に一度、分家筋まですべてが一堂に会する『寄り合い』の日を狙って――わざわざ大戦力が結集した《剣部つるぎべ》の本拠地へと、堂々と乗り込んできやがた。そして一門総出で応戦したにも関わらず、たった一体の《想念獣》を相手に《剣部つるぎべ》は文字通り全滅した」


「ひっ――」

 マナカが息をのんだ。


「当世最強とうたわれた戦闘集団が一夜にして壊滅したっていうんで、当時の退魔士業界は天地をひっくり返したかのような大騒ぎになったもんだ。で、俺はその唯一の生き残りで――いや、違うな。生き残ったなんて格好いいもんじゃない。俺はあの時、仲間を、家族を、全てを見捨てて逃げたんだ――」


「でもユウトくんは戦う力が無かったから、仕方なかったんじゃ――」


「仕方なくない――仕方なくなんてないんだ。俺と同じくらいには戦える人間は皆、戦っていて。みんな命を懸けて自分の為すべきことを為していたんだ。それなのに、俺だけが逃げた。物陰に隠れて全てが終わるまで震えていた。自分でもわかっている。俺のトラウマは全てそこにある。逃げた自分を許せない自分に、俺はいつも糾弾され続けているんだ」


「そんな――」


「この携帯電話はさ、姉さんにお守りとしてもらったものなんだ。今から戦ってくるから、ユウトはここでちゃんと迎えに来るまで待ってるんだよって、そう言われて。そしてそれが姉さんとかわした最後の言葉だった」


 それ以来、俺はこの携帯電話を肌身離さず持ち歩いている。

 大好きだった姉の形見であり、俺の弱さの証明であり、復讐を忘れないための原動力であり、贖罪を忘れないための重石でもある、この携帯電話を――。


「あの……ごめんなさい。わたし、色んなこと全然、なんにも知らなくて……シスコンとか、今時ガラケーとか、その、傷つけるようなことをいっぱい言っちゃって……本当にごめんなさい」


 真っ青な顔をして頭を下げるマナカだが、


「ん? ああ、中庭でお昼をおごってくれた時のことか? まぁ俺も言ってなかったからな。敢えて自分から言うようなことでもなかったし。だから気にする必要はないさ」


「でも、でも――」


「ほんと、俺はまったく気にしてないから、マナカもいちいち気をもむなよ。あんなもん、唐揚げが美味しかったから余裕でチャラだチャラ。そもそも俺には、一人だけ逃げた俺には、他人を非難する資格なんてありはしないんだから」


「そんな風に自分を責めたらだめだよ、今のユウトくんは誰よりも頑張ってるよ――」


 まるで自分のことのように相手のことを想えるマナカ。

 そんな優しいマナカが、情けない俺を元気づけようと応援してくれるのが、心の底から嬉しかった。


「俺はさ、その《想念獣》――《蒼混じりの焔ブルーブレンド》――に復讐するために戦っているんだ。奴を討滅して、一族の、姉さんの無念を晴らす。そして俺自身のトラウマも払しょくする。それが俺の義務であり、責務であり、大切だった人たちのためにできる、唯一の贖罪だからだ。ま、奴は神出鬼没でろくに手掛かりもない。俺が生きてる間に会えるのかすら、分かんないんだけどな」


「ユウトくん――」

「わるかったな、つまんない話を聞かせて」


「ううん、そんなことないよ。すごく大事なこと。それに悲しいお話だったけど、ユウトくんが自分のことを話してくれたってことが、なんていうかかこう、じわっと嬉しかったというか――」


「ま、そういうわけでさ。今日の借りは必ず返すから、なにかあったら遠慮なく言ってくれ。その時は俺が必ずマナカを助ける、助けてみせる。絶対、必ずな。まぁ俺にできることっていっても、そんなに多くはないんだけど」


「そんなことわたしにあるのかなぁ……でもうん、分かりました。何かあったらその時はよろしくねユウトくん」


 言って、にこっと笑ったマナカ。

 そのとびっきりの笑顔を見て――。


「ユウトくんが笑ってる――」

「え――」


「すごくいい笑顔で笑ってるよ。えへへ、やっとわたしを見て笑ってくれたね」


 ――ずっとひとりで抱え込んで雁字搦がんじがらめに縛られていた心がスッと軽くなったように、俺には思えたのだった。

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