第五章「プラスとマイナス」
第46話 あふぅ……こんなの初めて……も、もう1つ……
「今日は『アルマミース』に連れて行ってくれる――って話だったと記憶しているのですが」
マナカが落ち着かない様子を隠さないまま、きょろきょろと車内を見回しながら呟いた。
先日の一件でマナカにお礼でもしようかと考えた俺は、最近女の子に人気のファッションブランド『アルマミース』へショッピングに誘ったのだった。
誘ったのだが――、
「だってこの長い車、ドラマとかで見るリムジンっていうのではないでしょうか? なんか執事さんみたいなナイスミドルの運転手さんがドアを開けてくれたし」
「ふふん、驚いたか」
「いや驚いたって言うか、想像の斜め上すぎるというか、なんといえばいいのでしょうか。場違いっていうかわたし、デート用にちょっと背伸びしただけの普通の――あ、ううん! なんでもないから! なんでもないんだからねっ!? ――あのそのつまり! 明らかに普通のお洋服なのですけれども!」
「俺も普段着だよ。別にドレスコードがどうの、そんなかしこまるとこでもないから安心してくれ」
「これのなにをどう安心しろと、ユウトくんは言いたいのかな? かな?」
マナカは本気で困っているようだった。
せっかくマナカに喜んでもらうつもりでセッティングしたのに、不安にさせてしまっては元も子もない。
「ネタばらしするとだ。昔からの知り合いに『アルマミース』の偉い人がいてさ、今もちょくちょく世話になってるんだ。この車もその人が用意してくれたってわけだ」
「は、はぁ……」
「で、今からその人のオフィスに行く。たしか発表前の新作とか未公開作とかもおいてたから楽しめるはずぞ。そんなことよりさ、せっかくだからケーキでも食べないか?」
言って広大な車内に取り付けられた車内冷蔵庫から、俺はケーキを取り出した。
「えええぇぇぇ! い、いいよぉ。すごく高そうというか、その、あんまりお金もないし……」
「金銭面なら、こういう送迎車での飲み食いは基本ホスト持ちなんだ。マナカはゲスト――お客様だから気にしなくていいんだよ」
「そうなの!? あ、う、で、でも……」
「まったくマナカは変に遠慮しいだな。気後れしないで普通にしてれば大丈夫だって」
「この状況で気後れするなってのは、普通の女子高生にはさすがに無理ってなもんですよ……」
「それにこのケーキはマナカのために用意してもらったんだぞ? 神戸と言えば洋菓子のモロゾフのチーズケーキだろ? そのモロゾフの職人にオーダーメイドした、大豆やらなんやらを駆使して味は従来通り、しかし徹底して低脂肪&低カロリーにこだわった逸品だ。ホールで食べても200キロカロリー未満。普通のチーズケーキの四分の一以下という優れものなんだぜ?」
「ご、ごくり……」
と、マナカが喉を鳴らした。
「前にケーキが好きだけどカロリーが気になるって話をしてただろ? だからマナカのために作ってもらったんだ。言ってみればマナカスペシャルだな。せっかくだから一緒に食べようぜ」
「……じゃ、じゃあ? そこまで言うなら? 一切れ、一切れだけ? ……だってほら、せっかくの好意を
しなくてもいい釈明を勝手に始めて勝手に終えて、誰というよりかは自分自身を納得させるに至ったマナカは、
「あふぅ……こんなの初めて……も、もう1つ……」
最初はそっと。
「4分の1ってことは、つまり4倍食べてもオッケーということではないでしょうか」
次におそるおそる。
「神様、もう少しだけ……」
「今日は大丈夫な日だから……」
しかし次第にパクパクと食べ始め。
そうしてちゃっかりしっかり――俺が食べた8分の1切れを除く――ホールのチーズケーキを完食してしまったことは、マナカの名誉のためにも俺の胸の中にそっと仕舞っておくことにしよう。
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