第11話 えっへんマナカ

「それと――」

「……まぁ、複数あるって言ってたな」


「うっ、ダメ、かな……?」

「あ、いや、俺にできることなら……」


 視界の隅に、嬉しそうにニヤついているクロ《バカネコ》の姿が映って、無性にイラッとした。


 よし決めた。

 今日のクロの晩飯は、かつおぶしご飯の刑だ。

 泣いて喚くがいい。


「えっとね、下の名前で呼び合うようになったんだし、私たち、もう友達だよね?」

「いや。それは、どうだろうか」


「って、なんでやねん!」

 俺のすげない答えに、ほぼノータイムで手の甲によるツッコミを入れてくるマナカ。


 このノリの良さと反応の速さ。

 関西人に必要な素養の一つとは言え、なかなかどうしてやるじゃないか。


 そしてその超速ツッコミを悠然と見切り、ギリギリまで引き付けてからのスウェーバックで華麗にかわす俺。


「むむっ? むむむむっ!?」

 ツッコミが不発に終わったマナカが眉を寄せた。


 だが悪いな。

 たとえ座った状態であろうとも、ど素人の攻撃にわざわざ当たってやるほど、俺は優しくはないのだ。


「女の子の軽いタッチを、いちいち本気出して避けないでいいのに……ユウトってば本当に負けず嫌いのお子様だねぇ」


 クロがやれやれとため息をつき、マナカがむぅーと恨めしそうに見上げてくるのを尻目に、


「せっかくだから貰うぞ」

 俺はそう言って唐揚げを一つまみした――のだが、


「美味い、なんだこれは……!」


 口の中にじゅわぁっと広がる深い旨み。


 あまりの美味しさを前にして、心からの素直な感想が口をついて出てしまった。


「ふっふーん。そうでしょう、そうでしょうともよ!」

 そんな俺の反応を見て、胸を張って得意げに言うマナカ。


 胸の下で腕を組んでいるせいで、持ち上げられた胸がそれはもう大きく強調されてしまい、


「んっ、んん……っ!」


 俺は目のやり場に困ってしまう。


 ……どうしても気にはなる、気にはなってしまうのだが、ここは唐揚げでも見て落ち着こう。


 しかしそれにしても立ち直りの早い性格だな。

 くるくる変わる表情は見ている方も楽しくて、とても好感が持てた。


「実はこの唐揚げは自信作なんだよね~」

 えっへんマナカが続ける。


「ミュンヘンの唐揚げを徹底して再現することにこだわった、わたしの自慢の逸品なんだから」


 超が付くほどのどや顔だった。


 ちなみにミュンヘンってのは、ドイツにある大都市の名前――ではなく、センター街と呼ばれる一大商業区域にあるお店の名前である。


 神戸ではかなり名の通った、そしてそれなりにお値段のする洒落たお店で、鶏の唐揚げが特に有名だった。


 俺も小さい頃に一度だけ両親に連れていってもらったことがある。


「いやほんと、こんな美味しいお手製唐揚げは生まれて初めてだ。素人のレベルを完全に超えている。正直びっくりした。本当にこれ、既製品じゃないのか?」


「えへへ――もっともーっと褒めてくれてもいいんだよ? だよ?」

 調子に乗ったマナカは実に可愛らしかったのだが、それにも増してこの唐揚げの美味しいことよ。


 ジューシーで芳醇。

 噛めば噛むほど、味わい深く広がる大海のごとき果てしない旨み。


 加えて絶妙な塩の加減に、思わず「胃袋を掴む」という言葉が頭をよぎるほどだった。

 そんな素晴らしい唐揚げを頂戴したことで、俺の心的ガードが甘くなってしまったことは否めない。


「でね、もう一つのお願いなんだけど……ライン交換しようよ」

 そう言っておずおずとスマホを取りだすマナカ。


 そういう面倒くさい人間関係は、普段の俺なら問答無用で拒否するところだったのだが、


「悪い、俺はガラケーだから」

 俺はいちいちそれらしい理由をつけてから、断っていた。


 美味しいものを食べさせてもらった手前、遠慮があったかもしれない。


 同時に、断ったことを残念に思っている自分に少しだけ驚かされた――。

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