第9話 ありがとうって言うの、そんなに変かな?

 そうして俺は今、マナカとともに中庭にいた。


「やっぱり鶴木辺つるぎべ君じゃん」

「ああそうだ、俺だ。で、何のようだ。こんな目立つことしてくれて」


 中庭は教室から丸見えだ。

 今もクラスメイトから――どころか学校中の注目の的だった。


 男女問わず窓際に多くの生徒が張り付いては、俺たちのことを興味津々で見つめている。


 それでもまだ、声が届かない分だけまだマシだろう。

 周り全てが聞き耳を立てるであろう学食で、学園のアイドルお手製の手作り弁当で一緒にランチなど、目立ちすぎて論外中の論外である。


「あ、やっぱりそっちが地なんだね。っていうか教室の時と違いすぎだよぉ。別人だよ。猫かぶってる?」


「人聞きのわるいことを言わないでくれ。俺は社会性を発揮しているだけだ。自ら進んで軋轢あつれきを生む必要なんてない。人間はポリス的な動物だからな」


「ポリス? ……お巡りさん? まぁいいや、そんなことより」


 そんなことよりって、お前が聞いてきたんだろう!?

 しかもアリストテレスは世界史で先週やったところじゃないか!?


 先生、テストに出すって言ってたぞ?

 ちゃんと覚えておけよ!?


 あちこちふわふわなマナカワールド。

 しかしそれが不快かと問われれば、不思議とそうではない自分がいて。


 マナカは可愛いだけでなく、そんなちょっと不思議な女の子だった。


 そして――、

「昨日は助けてくれてありがとうございました」


 一本芯の通った女の子。


 マナカは正座したままで居住まいを正すと、しっかと地面に付きそうなほどに頭を下げた。


「……なんのつもりだ」

「なんのって、もちろん感謝の気持ちなのですが。大ピンチを救ってくれた命の恩人にありがとうって言うの、そんなに変かな?」


「……変じゃあない。とても大切なことだと思う」

 素直に感謝できるというのは、簡単なようでいて意外と難しい。


 それを苦もなく行えるのは、素晴らしい美徳といえるだろう。


 ただ一言、言わせてもらえるのであれば――、


「――できれば時と場合を選んでほしかった」

「……?」


 何度も言うが、愛園マナカは学園有数の美少女である。

 そんなマナカが俺に向かって今、深々と土下座をしていた。


 そしてそれを遠目とは言え、大多数の人間が見ている訳である。

 その結果起こるであろうことは、正直もう考えたくない。


「ユウト、諦めなよ。この子は完全に善意の塊だよ。下手に隠し通すのは下策じゃないかなぁ」

 ピョコッとクロが顔を出した。


「あ、昨日の喋る猫さんだ、にゃうー、おいでおいでー」

「おいこら、なに勝手に出てきてんだクロ」


「話が進まなそうだからさ、ボクがとりなしてあげようと思ってね」

「にしてもこんな明るいところで堂々と――」


「大丈夫、この位置なら校舎側からは見えないし、それに見えたとしても、まさか猫が話しているとは思わないでしょ?」

「それはそうだが……」


「えっと、クロちゃん、でいいんだよね? にゃうーにゃうー」

「っていうかお前もなに速攻で打ち解けてんだ。猫がしゃべったら普通はもっとびっくりするもんだろ」


「えーだって可愛いんだもん。ほらほら、にゃうー、にゃうにゃうー。にゃ? にゃにゃにゃー、にゃにゃん。ううっ、なんだかネコばんできたね!」


 昨日話した時も感じたが、こいつほんと大物だよなぁ。

 それともこの適応力の高さが、今時の女子高生の当たり前なんだろうか?


 ……あと「ネコばむ」ってなんだ「ネコばむ」って。

 言葉はコミュニケーションツールであって、伝わるように伝えるべきだと俺は思うんだ。


 推測するにあれか?

 「汗ばむ」とか「気色けしきばむ」のネコ版ってことなのか?


 ありなのか、そんな日本語?

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