第4話 愛園マナカ

 連戦のせいか、体力的にと言うよりかは精神的に気疲れしたのもあって、ふぅっと、一息ついたところで、


「あ、あの――」


 ――っと、そういや襲われそうになった女の子がいたんだっけか。


 腰を抜かしてるのか、未だぺたんと地面に女の子座りしたままの少女に、


「大丈夫か? 手は痛くないか?」


 怯えさせないように、優しい声音を意識しつつ、手を差し出しながら声をかける。

 少女の手の甲には、逃げた時についたのだろう、小さいとは言えない擦り傷ができていた。


 雪のように白く綺麗な柔肌には、血がにじんでいた。

 せっかくの女の子らしい華奢な手だ、跡が残らないといいが。


「あ、はい、実はこう見えてわたしってば結構、頑丈な方でして。子供のころ木登りしてて、かなり高いところから落ちちゃったのに、全然なんともなくてぴんぴんしてたくらいなんです! 生まれてこのかた、風邪もひいたことなくて、今までずっと皆勤賞なのがひそかな自慢だったりして」


「ははっ、それを聞けば安心だ」


 何が起こったのか理解できなかったのだろう。


 目をぱちくりさせながら、聞いてもいないことまで一生懸命説明しながら、無事なことをアピールしてくれる少女を見て、少し安心した。


 怖い目に合うってのは、フィジカル以上にメンタルにダメージを受けるものだから。

 とりあえずPTSDとかそういった心配はいらなさそうで一安心だ。


 そして何が起こったのかよく分からない中にあっても、しかし俺に助けられたことだけは分かったのだろう。


「あ、ありがとうございました。なんか、その、何が起こったかよくわからないんですけれど、助けてもらったみたいで、あの、なんとお礼を言えばいいか――」


「ああ、いいさ気にするな。なんせ俺は《正義の味方》だからな」


 そう言って安心させるように、にかっと笑って見せたのだが、少女はさっきまでのおしゃべりさんとは打って変わって、急に黙ったままでじっと俺の顔を見つめてくるのだった。


 なるべく優しく対応したつもりだったんだが、俺はよく目つきが悪いと言われるからな。

 怖がらせてしまったのかもしれない。


 何とも言えない微妙な「」とともに俺と少女の視線が絡まる。


 そしてよくよく少女の姿を見てみると、少女が身にまとっているのが俺が通っている高校の女子制服であることに気がついた。


 襟元にチェック柄が入ったお洒落なブレザータイプで、アイドルっぽくて可愛いと地元でも評判の制服だ。


 この制服を着たいがために、それ以外にたいした特徴もないうちの学校をわざわざ進学先として選ぶ女子も少なくないのだとか。


 それよりなにより、この顔には見覚えがあった――というかクラスメイトだった。


 アイドル顔負けの可愛らしい綺麗に整った顔立ち。

 愛らしく大きな目。

 スタイルも抜群で、腰はきゅっと細いにもかかわらず、胸は同級生の平均をはるかに凌駕するザ・ワールドクラス。


 俺は話したことがないものの、学園のアイドルと呼ばれることもある、クラスのリーダー的存在の愛園あいぞのマナカだった。


 マナカはじっと俺の顔を見つめてくるが――残念ながら俺の顔は分からないだろう。

 ……別に俺がクラスメイトにも顔を覚えられていない可哀そうなヤツってわけじゃないぞ?


 いやもしかしたらスクールカースト――というほどの強烈なものはうちの学園には存在しないが、学校が社会の縮図である以上、ある程度の住み分けは発生するわけで。


 クラスの最上位グループのリーダーと、その他大勢の俺では接する機会も皆無であり、よって顔を見ても分からない可能性はゼロとは言えなくもないのだが――。


 そういう意味ではなくて、初夏という時期にもかかわらず装備している黒いマフラーには、クロいわく、


『これは簡易だけどパッシブな《認識阻害》の効果があるんだよ。《正義の味方》は正体を隠すものだからね。それに《想念》をずっと発動し続けてるとその分だけ余計に疲れちゃうし』


 つまりこのマフラーをしている限り、マナカは俺=鶴木辺ユウトであると認識することはできず、だから俺のことは分からない――、


「鶴木辺ユウトくん?」


「……」


 分からないはず――、


「同じクラスの鶴木辺ユウト君だよね?」


「…………」


 ――分からないはずなんだ……?

 だよな?


「え、うそ? あれ、どういうこと?」


 窮地一転、疑問に首をかしげるマナカだが、


 どういうことだと?

 むしろ俺の方が聞きてーよ!

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