なまえをつけてください

好永アカネ

なまえをつけてください

「あ〜また死んじゃった」

「ツトムのへたっぴ!」

「これやったことないもん。ヒメがやってよー」

 僕はコントローラーを放ってゴロンと横になった。

「仕方ないなぁ」

 と、ブツブツ言っているのは幼馴染おさななじみのヒメだ。僕たちはヒメの部屋で長いことテレビゲームをしていた。

 チラッと壁掛かべか時計どけいを見る。そろそろ9時か。

「おばさん遅いね」

 テレビ画面を見ているから僕が何をしているかなんてわからないはずなのに、ヒメがタイムリーにつぶやく。

「うん」

 僕は適当に返事をして、ヒメのプレイを見物することにした。


 母さんが仕事で遅くなるのはたまにあることだけど、今日に限って父さんも出張で家にいないので、僕は急遽ヒメの家に預けられることになったのだった。

 ヒメの家には小さい頃はしょっちゅう遊びに来ていたのに、小学校に上がってからはだんだん機会が減っていった。ヒメが嫌いになったわけじゃないし、クラスでも普通に他の友達と同じくらいには話はしているけど、なんでだろう? 理由はうまく言えない。

 久しぶりに見たヒメの部屋は相変あいかわらずかわいらしいぬいぐるみでいっぱいだ。ほとんどがとしの離れたお兄さんがゲーセンで取って来てくれたものなんだそうだ。ヒメの部屋はお兄さんと二人で使っているので、お兄さんのゲームが遊び放題でちょっとうらやましい。

 ちなみに、そのお兄さんは今リビングでおじさんおばさんと一緒にバラエティ番組を見ているので、部屋にいるのは僕とヒメだけだ。


「ねぇねぇ、このゲームってどうやって回復するの?」

定食屋ていしょくやさんでごはんを食べるの。今行くとこ……ここ〜」

「なんかいっぱい出て来た!」

「うん。無駄にメニューが多いってお兄ちゃんが言ってた」

「一番いいやつどれ?」

「カレーライスかな。ヒットポイントとマジックポイントが全回復するの」

「その下のやつは?」

「チョコパフェ。メンタルポイントが多めに回復する」

「メンタルポイント? マジックポイントじゃないの?」

「マジックポイントは魔法を使うのにいるやつ。メンタルポイントは時間がたつと減って、無くなるとたまにコントロールが効かなくなっちゃうの」

「えぇ〜やだなぁ」

「大丈夫だよ。ちょくちょくなにか食べたりミニゲームしとけば回復するから」

「ふーん」

 ヒメはさすが持ち主もちぬし(正確にはお兄さんだけど)だけあって手際てぎわがいい。僕が苦戦していたステージをあっさりクリアしてしまった。

「あー、終わった! 次のステージやってみる?」

「別のゲームがいいなぁ」

「わかった。ツトムが選んでいいよ。飲み物持ってくるね」

 ヒメはゲームソフトのたくさん並んだ棚の方を指差ゆびさしてから、部屋を出ていった。

 僕は棚に近づいた。

 見たこともないゲームがたくさんある。そのほとんどはタイトルが漢字か英語で書かれていて、どんなゲームかもわからなかった。

 初めてでもできそうな簡単なゲームはないかしら。下の段から上の方へ順に見て行くと、棚の上に携帯ゲーム機が二つ置かれているのが目に入った。

 一つは黒くて、なんとなくかっこいいロゴがプリントされている。もう一つはピンク色だ。きっとこっちがヒメのだろう。僕はピンク色のゲーム機を手に取って、ささっているソフトをチェックした。

 このゲームは知っている。前にテレビでCMシーエムをやっているのを見たからだ。確か、悪者に捕まったお姫様を主人公が助けに行くアクションゲームだった。面白そうだったので、印象に残っていたのだ。

 そうとわかれば、早速ゲーム機の電源を入れて画面を見ていると、ピコーンと言う音とともにかわいいキャラクターが表示されて元気に走り出した。

 よろいを着た男の子がしゃべっている。

『ヒメ! すぐに たすけに いくよ!』

 どうやら子供向けのゲームらしい。セリフが全部ひらがなだ。これならクリアできそうな気がする。

(ヒメだって。ふふ、ヒメみたい)

 僕は棚に背を向けてすわって、ニューゲームを選んだ。

『ゆうしゃの なまえを つけてください』

 最初に主人公の名前を決めなくてはいけないらしい。どうせすぐ返さないといけないので適当に入力しようとしていたら、ヒメが帰って来た。ジュースが入ったコップを二つ、両手に持っている。

「ただいま〜……あれ? それ……」

「おかえり」

 僕は『ああああ』と入力し終わって決定ボタンを押すところだった。

「だめ! それはだめ! 返して!」

 ヒメがあわてたように突然大きな声を出して近づいてこようとしたので僕はびっくりした。ヒメはヒメで、自分が急に動いたせいでジュースがこぼれそうになり、あたふたしている。

「データ上書うわがきしないように気をつけるから」

「だめだってば!」

 ヒメがテーブルにどすどすとコップを置いて、ゲーム機を取り上げようとして来た。僕は体をそらして逃げる。

「ちょっとだけでいいから〜」

「とにかくだめなの!」

 ゲームの方は、主人公の名前を決定すると画面が切り替わり、データの保存先を選ぶ場面になった。


 1ばん ツトム ステージ391

 2ばん データなし

 3ばん データなし


「あれ? 僕の名前?」

 ヒメの動きがピタッと止まった。

 僕が入力したのはたしかに『ああああ』だったはず。それにこのデータは、僕が保存したものじゃない。

「これ、ヒメのデータ?」

 僕はゲーム画面からヒメの顔に目をうつした。

 ヒメの顔は真っ赤だった。ほっぺも、鼻の先っちょも、耳まで赤い。まるでさっきまでお風呂に入ってたみたいだ。大きな目が少し うるんでいる。

 僕は、それを見ていたらヒメになんて言ったらいいかわからなくなった。ヒメも何も言わなかった。

 10秒くらい見つめあっただろうか。

「ツトムくん、お母さん迎えに来たよ〜」

 おばさんが呼びに来たので、僕はゲーム機をその場に置いて立ち上がった。


「遅くまでごめんなさい! 助かっちゃった。本当にありがとうね。

 ほら、ツトムもちゃんとお礼言いなさい」

「おじさん、おばさん、ありがとう」

「どういたしまして。ツトムくん、また遊びにおいでね」

 母さんと一緒に玄関で頭を下げると、おじさんとおばさんがニコニコと見送ってくれた。

 ヒメはおばさんの後ろに隠れていたけど、話しかけたら小さい声で返事をした。

「また明日ね」

「うん」

 おばさんがヒメを見下ろして不思議そうにしている。

 僕たちは外に出て、そっとドアを閉めた。母さんが僕の手を握ってくる。真っ暗だけど家はすぐそこだから、こんなことしなくても平気なのに。いつもなら手を振りほどくけど、僕はなんだかぼーっとしていてそれどころじゃなかった。


 ねぇ、ヒメがなんだか変だったの。

 真っ赤になっちゃったの。どうして?

 僕もなんだかモヤモヤしてるの。なんで?


 母さんに聞いてみたかったけど、聞けなかった。聞こうとすると声が出ないの、なんでだろう。

 さっきからずっと、ヒメの真っ赤になった顔が頭に浮かんで離れない。ヒメの顔を思い出すと何も考えられなくなって、頭がぼーっとしてくるのだ。

 こんな変な気持ちになるのは初めてだ。この気持ちはなんて言うんだろう?

 僕は、自分でもどうしてかわからないけど、母さんの手をぎゅっと握った。

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