第31話 指名の無い女④

「実は、私ここで面倒を見てもらっている男の人がいるの」


「ふ~ん」


(愛人か?)


少し胸が高鳴る。


「気になる?」


「うん・・まあ少しね」


(俺、少し妬いてる?)


「いろいろあるの」


「ここに来る曜日をいつも指定されるから、何となく変だと思っていたよ」


「相手は地位も名誉もお金もある人なの」


「そっか」


「芸者には、よくある話なのよね」


「芸者も水商売だから、仕方ないさ」


「ごめんね。でも正直に話しておきたくて・・・」


「うん。ありがと。そこがまた由美の憎めないとこなんだよな」


「そう?」


「隠し事をしない所がいいよね」


(そうは言ったけど聞くのは辛い・・・)


「そう言ってくれると少しは気持ちが楽になるわ」


この事が、俺にとっては心底惚れないブレーキがかかって、よかったのかもしれない。


そんな生活が続いていたある月末に、由美から電話がくる。


「近くにいるの、これからお店行っていい?」


「うん、いいけど・・・いきなりだね」


「まずかったかしら?」


「大丈夫だよ。東京に来てたんだね」


「うん、今日来たの」


俺は、迎えに行く。


「久しぶりね」


「そう?先週、会ったじゃん」


「あはは、そうね。なんかすごく会ってなかった様な気がして・・・」


「そうだなあ、俺もそんな感じがするよ」


そして、一緒に店に入る。


「同伴なんて初めてだよ」


「そうなの?」


「俺、まだお客さんなんていないからさ」


「ふ~ん、そうなんだ」


同伴料も給料にプラスされる。

由美はこの店に来て初めて指名をして席に着く。

俺がこの店での指名者になる。


「お~やったな!遼」


相原に褒められる。


「あ、はい。なんとか・・・」


「まあ、あの日以来、お前の時計を見て彼女からもらったんだろうなって思ってたよ」


「そうでしたか」


「だけど、裏で金引いてても店で指名をしてもらって一人前のホストだからな。おめでとう」


「ありがとうございます」


(惚れちゃってるって言ったら怒られそう)


「まあこれからが大変だけどな」


「そうっすね」


他のホスト達がいつの間に?という様な顔で俺を見ている。

少し優越感を、感じる。


そして、この後さらに他のホストから、注目を集めることになる。


「ねえ、遼、ボトルを入れようよ」


「いいよ。無理しなくて」


(またこんな事を言って・・俺、甘いな)


ホストに、なりきれない自分がいる。


「何、言ってるの!今日、月末でしょ!」


「うん」


「売り上げしないとダメじゃない!最後の追い込みの日なんでしょ?」


「いや、俺はそんなに売り上げないから追い込みも何も・・・」


「もう~何を弱気な事を言ってるの。まあいいわ、少しだけど協力するからね」


「うん」


(はは・・・どっちがホストなんだかわからないな)


「バカラにする?ルイにする?」


「それって確か高くない?」


(確か・・何十万もしたよな)


「あなたが気にしてどうするの?」


「うーん、じゃバカラにしよっか。真樹ちゃん持ってきて!」


「遼、いいのか?」


「由美がいいって言うんだから、持ってきてやって」


「もう~そんな言い方しないの。しっかりしなさい。ホストなんでしょ?」


「あ・・ああ」


これ一本で、俺の売り上げが上がり順位も一気に上がるだろう。

バカラという酒は飲みやすく、みんなで飲んでしまい、すぐ1本空いてしまう。


「美味しいね~このお酒」


「そうね」


「あっという間に空いたよ」


「もう一本入れよ」


「え?まじで?」


「いいよ。いれて」


「わかった」


「これで少しは売り上げに貢献できるかしら?」


「十分すぎるよ。ありがと」


会計を惜しげもなく払い終わり由美は仕事があるからと始発で下田へ帰っていく。

俺には予想もしなかった出来事。

次の日の月初めのミーティングで売り上げ10位と発表される。

新人がいきなりトップ10になると、ねたみや嫌がらせもあるらしい。

しかし、梶のグループにいたおかげで俺に対しては、何も起こらなかった。


そして、俺は売上を延ばす為に美紀の友人に連絡を入れる事を決意する。

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