第70話 海に近い所

学校。


 灰色狼のアジトを特定する作業はケリアンにお願いした。複数のアジトがあるとの事なので、彼らのリーダーが居る場所を絞り込んでもらうのだ。

 今の所はシンイェンの恩人と言うことも有り、表面上は利害関係が無いのが幸いだ。

 もっとも、金に目が眩まない人間などいないのはディミトリも承知している。


(使える者は何でも使うさ……)


 平日の昼間という事も有り、中学生の振りをしたディミトリは学校に来ていた。

 連夜のハードな日々に比べると、何とも気の抜けた平和な空間だ。


「おい、若松…… せめて連絡ぐらいしろよ」


 休み時間に大串が話し掛けて来た。どうやら祖母が電話連絡をしたらしい。

 何も知らない彼は返事にかなり困ったようだった。


「宿題が間に合わないから手伝って貰ったと言っておいたからな」

「ああ、済まない」

「お前は何をやってるんだよ」

「怖い顔したおっさんたちと鬼ごっこさ」


 そう言って、ディミトリはニヤリと笑った。鬼ごっこの意味に気が付いた大串は肩を竦めて離れて行った。

 彼もディミトリが厄介な事に首を突っ込んでいるのは知っている。関わり合いになるのが嫌なのだろう。


 するとケリアンから場所が判明したとのメールが来たのに気が付いた。


(流石に仕事が早いね……)


 ケリアンからのメールを見ようとして別のメールにも気付いた。これは探偵会社からだった。

 見張っている車の事を調査してもらっていたのだ。

 ディミトリが大人のなりをしていれば、車の番号から所有者を割り出すのは簡単な事だ。

 しかし、見てくれは中学生なので、まともに取り合って貰えない。

 そこで、インターネットを通じて探偵会社に依頼しておいた。金が掛かるが仕方が無い。


 メールによるとディミトリを見張っている黒い不審車は、『江南警備保障』という警備会社の所有する車だった。


(コイツは間違いなく公安警察の覆面会社だろうな……)


 政府機関が非合法な活動を誤魔化すのに、民間会社を装うのは良く使われる手だ。

 非合法活動が専門のチャイカからの受け売りだが間違いないだろう。


 一方、大串を見張っている車は群鹿警察の所有する車であった。こっちは東京都内の警察署だ。

 ディミトリは行ったことも無い場所だった。


(所轄警察? なんで所轄の違う警察が協力しているんだ?)


 ディミトリが居るのは東京都下の府前市だ。

 不思議に思ったディミトリは乗っている人物の素行調査を依頼することにした。

 金なら手に入れたばかりなので余裕はある。


(とりあえず、灰色狼を優先しないとな……)


 ディミトリは放課後にアオイのマンションに向かう事にした。



 アオイのマンションにはケリアンが到着していた。シンイェンはアカリと買い物に行ったらしい。


『灰色狼のアジトは何箇所か拠点が有るが、娘が連れて行かれたアジトは海に近い所だと言っていた』

『ええ、彼女は潮の香りがしたと言ってました』

『だから、この倉庫ではないかと思う……』


 ケリアンが地図を指で指し示した。そこは車で二十分程行った所にある港近くの倉庫だった。


『彼らの頭目の名前を教えて貰えないですか?』

『秦天佑(シン・チンヨウ)という奴だった』

『だった?』

『君は船で逢ってるだろう……』

『ああ、拷問されて死んでた奴か……』

『ああ』


 ここでモロモフ号で死んでいた男を思い出した。顔が拷問で変形していたので人種までは分からないが、チャイカが中国人と言っていたので彼の事だろうと思ったのだ。


『じゃあ、今の灰色狼を仕切っているのは誰ですか?』

『張栄佑(ジャン・ロンヨウ)だと思う』

『どういう人物ですか?』

『中国の東北地方を根城にしている黒社会のボスだ。 実際は公安部の工作員だと睨んでいるがね』

『中々複雑なんですね』

『俺はジャンに話を持ちかけたのがシンだと睨んでいる』

『シンの画像は有りますか?』

『こんなのしか無いが……』


 そう言って携帯電話の画像を見せて来た。一見すると優しそうなおじさん風だ。隠れ蓑にするには丁度良さげな風貌だった。


『その場所に下見に行きたいので連れて行って貰えませんか?』


 今回は荒事になるのは目に見えている。まず、敵が何人くらいいるのか位は知っておきたい。

 暫く、地図を睨みつけた後でケリアンに頼み事をした。自転車で行くには距離が有るからだ。

 こういう時には子供の身体である事が恨めしく思うのだった。


『ああ、良いだろう。 部下に送らせよう……』


 ケリアンが部下を二人付けてくれた。何れも軍隊出身なので当てになると言っていた。

 車は普通の乗用車だ。目立たないようにと配慮してくれたらしい。


『英語は?』

『大丈夫ですよ。 坊っちゃん』


 二人共英語は大丈夫だと聞いて安心した。自分の拙い中国語では心許ないからだ。

 道中、車の中で二人に聞くと、灰色狼のアジトを見に行くだけとしか聞いてないようだ。


『あの、質問しても良いかな?』

『ああ、良いよ……』


 運転席の男が質問してきた。


『あの物騒な連中と知り合いなんですか?』


 彼らは香港から日本に派遣されているらしかった。灰色狼の荒っぽい仕事のやり方は彼らも知っているようだ。


『どちらかと言うと、向こうの連中の片思いさ……』


 ディミトリはそれだけしか言わなかった。偵察が目的なので彼らに詳しく説明する気が無かったのだ。

 ボスに少年をアジトが見える所まで連れて行って来いと言われ不思議に思っているらしかった。


『あの連中は直ぐに青龍刀を出して振り回して来る言うからな……』

『格好はいっちょ前だけど、強く無いって話を聞いたぞ?』

『でも、シェンたちがやられちまったんだろ?』

『不意を突かれたんだろ……』

『普通は命までは取らないもんだよ。 話し合いの余地が無くなっちまうからな』

『日本には温い組織しか無いから加減が分からないんだろうよ』


 車の中で男たちは気楽にお喋りをしていた。もっぱら灰色狼の噂話がメインのようだ。

 後部座席に座っていたディミトリは、窓から流れる風景を見ながら彼らの話を聞いていた。


(ん?)


 何か白い物が浮かんでいるのに気が付いた。暫くジッと見ていたが車と並行して走っているような気がする。


(何だ?)


 ディミトリはドローンに空から追跡されているのに気が付いたのだ。




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