第69話 噂の出処

アオイのマンション。


 翌日、ディミトリは学校をサボってしまった。シンイェンの父親に会う必要があるからだ。

 チャイカの方が片付いたので、残りは中華系の組織だけだ。外国に出かける前に片付ける必要がある。


(事務所の場所を聞き出して見張りを頼めないだろうか……)


 アオイのマンションに昼頃に行くと、シンイェンの父親は既に到着していた。飛行機をチャーターしてやって来たのだそうだ。

 そして、ディミトリを見かけると深々とお辞儀をしてきた。ディミトリも釣られてお辞儀をした。


『こんにちわ。 林克良(リン・ケリアン)と言います……』

『娘を窮地から救ってくれて有難う!』

『貴方は大変な恩人だ。 私に出来ることがあれば何でも言ってくれ』


 父親はディミトリの顔を見るなり早口の中国語で話し始めた。

 その様子にタジタジになってしまったディミトリ。


『よろしく タダヤス』


 自分を指差しながら、辿々しい中国語で名乗るのが精一杯だったようだ。

 シンイェンはニコニコしながら両方の顔を見比べていた。


『英語の方が良いかね?』

『ええ、そちらの方が具合が良いのでお願いします』


 その様子を見たケリアンは英語で話し掛けてきた。ディミトリとしても英語の方が有り難かった。

 アオイ姉妹はディミトリが流暢な英語を話すのにちょっとビックリしていた。お互いに顔を見合わせている。


「じゃあ、私達は食事の用意するわね……」


 もっとも、彼に驚かされるのは初めてでは無い。なので、他の用事をすることにしたようだ。


「不要な外出は避けたいのでお願いします」

『私も手伝う!』


 料理をすると言うとシンイェンは自分も手伝うと言い出した。

 三人は台所へと向かっていった。


『彼女らには知られたく無いのだろう?』

『はい、詳しくは知られたくないですね……』

『そうだな…… 私なら詳しく知った人間は始末してしまう』

『……』


 やはり同じ種類の人間なのだなとディミトリは思った。

 リスクは可能な限り減らすという考えが無いと、あの国では生き残っていけないのだろう。


『貴方の仕事は非合法なものですか?』

『それは見方によるよ。 私は日本から手に入れた中古品を売っているだけさ』


 ケリアンは肩を竦めて返事した。


『いや、仕事内容を非難する気は無いですよ』


 もっとも、ディミトリは非合法であるかどうかは気にしていない。彼の立ち位置がどうなのかを気にしているのだ。

 正義派ぶって通報がどうのと騒ぐようならサッサと逃げ出そうと考えていた。


『ほぉ?』

『似たようなモノですからね……』


 人に誇れるような人生で無いのはお互い様なのだ。二人共苦笑してしまっていた。


『まあ、娘から君の活躍の内容は聞いたからね』


 そう言ってクックックッと笑っていた。シンイェンは敵を問答無用で射殺していく様子を細かに説明していたようだ。

 どうやら彼には気に入られたようで安心した。


『私は娘さんを拉致した相手は中華系と漠然と考えてますが、彼らはいったい何者なんですか?』


 ディミトリは相手の組織のことを質問した。


『日本では何と名乗ってるかは知らないが、向こうでは灰色狼と呼ばれている』

『灰色狼(グレイウルフ)……』


 元は中国の警察を首になった連中が、割の良い稼ぎを求めて作った組織らしい。

 中国の国民所得の増加に従って勢力を拡大した。様々な都市に根を張り、古い黒社会と勢力を競っている。

 その一部が大陸から日本に渡って、盗品や麻薬・臓器売買ビジネスに手を広げたのだ。


『ところでクラックコアって手術を知っていますか?』

『ああ、脳の移植手術だと噂に聞いている』


 やはりケリアンは知っていたようだ。

 彼の相手を値踏みするような眼付は、ディミトリが本当に手術を受けているのかを知りたがっているのだろう。


『だが、詳しいやり方は知らない』


 どういった手術なのか質問しようとしたら先に言われてしまった。


『ロシアの金持ちが首から上を挿げ替える手術をしたのを知っているか?』

『いえ』

『実際に行われて失敗したそうだ』

『え』

『彼はそこで死んだ…… と、伝えられてる……』


 さすがロシアだ。危険な領域であろうと躊躇なく踏み込んでいく。


『ところが脳の移植に成功して生きていると噂が流れたんだよ』


 実際に手術をしたのは中国人の外科医チームであった。そのチームの一人から噂が広がっていったらしいのだ。


『君も似たような事をされている可能性が高いね』


 やはり、ケリアンは自分のことを知っていたようだ。つまり、麻薬組織の金を横取りした事も知っているのだろう。

 ディミトリは思わず自分の頭を撫でた。


『貴方も詳しいですね』

『ああ、日本で成功しているらしいと噂が流れたからね』

『それが自分だと?』

『そうだ』


 ディミトリは首を振ってため息を付いて見せた。

 彼の方針として誰にも、自分はディミトリであるとは認めないことにしていた。どうせ、確認のしようが無いから平気だ。


『中国の金持ち連中から自分も手術が受けられないかと問い合わせが来ているのさ……』

『へぇ…… 長生きのために?』

『ああ、ロシアだろうと中国だろうと、金持ちというのは若い肉体を手に入れたがるものなんだよ』


 そう言って笑った。人間の欲望にはキリが無いものだ。次々と欲しい物を考えつく。


『出来れば不老不死も手に入れたいと?』

『そうだろうな…… 私は命に限りがあるから尊いと思うのだがね……』


 ケリアンは、そう言うと手元の茶を飲んだ。これは本音であろう。

 ディミトリも賛成だ。命ある限りお姉ちゃんと仲良くしたいと思ったのだった。


『ところで、頼みがあるのですが……』

『何でも言ってくれ』

『娘さんを拉致したグループと自分は揉めています』

『うむ、連中は君のことばかり質問していたそうだ』

『彼らとの問題を解決する必要があるのです』

『ほぉ』

『その為には彼らのアジトを突止める必要があります……』

『分かった。 それは任せてくれ』


 ケリアンはディミトリの頼みを聞いてくれた。彼としても灰色狼は許せなかったのだろう。彼らが遠因になって娘の窮状を招いたのだ。何らかの処罰をしないと部下たちにも示しがつかない。

 なんなら手の内の者を貸そうかと言われたが丁寧に断った。手伝いと称する監視は不要なのだ。


『ええ、彼らは誤解してるんですよ。 僕はしがない日本の中学生ですからね』

『話し合いに応じる相手じゃないだろ?』

『その時には消えてもらうだけです』


 ディミトリは事も無げに言い放った。


『物騒な中学生だな』

『宿題は早めに片付けろと祖母から躾けられているんです』


 それを聞いたケリアンは愉快そうに笑っていた。日本人にしては珍しいタイプだと思ったのだろう。益々、気に入られたようだ。


『君は戦闘技術に長けているそうじゃないか、軍隊にでも居たのかね?』

『いいえ。 死にたくないから必死になっているだけですよ……』


 ディミトリは飽くまでも日本人だと言い張った。そうしないとケリアンも相手する羽目になる。もう厄介事は十分なのだ。

 ケリアンに嘘が通じるかどうかは分からないが、少なくとも娘の恩人を粗末には扱わないだろうと願ったのだった。



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