第49話 無人化ノード

自宅。


 廃工場に有った水野の死体は網に入れて下水の中に吊るしておいた。こうすると、日常の排水で死体が削られて、骨だけになるのが早いのだ。おまけに遺体独特の悪臭も防げる方法だった。


 このやり方はロシアのマフィアが好んだやり方だ。

 何故、知っているのかというと、少年時代に悪さをして捕まった時。警察の留置所で、同房のマフィアのおっさんに教わったからだ。彼は生意気そうな小僧に自慢したかったのだろう。

 まさか、見知らぬ国で役に立つとは思わなかった。


 詐欺グループから戴いた金はアオイに預かって貰っていた。

 大金過ぎてどこに隠すかを考えていなかったせいもある。また、捨てられたら敵わない。


 数日、経って詐欺グループのマンションで動きが有った事が分かった。

 水野の携帯電話を盗聴モードにしたまま、家で盗聴してそれを録音をしていたのだ。

 日中は学校がある。中学生でらしく塾に行くし、ちょっと銃で撃たれたりして忙しい。

 それに傷の経過をアオイに見てもらったりする必要もある。


 最初は部屋の中にドタドタと足音が響いていた。水野を呼ぶ声も聞こえる。


『あっ、金がねぇ!』

『どういう事だ? あっ??』

『金庫の中の金が全部無いんです……』


 大山と思わしき声が録音されていた。別の人物の声が聞こえる。

 これ見よがしに金庫は開けっ放しにしておいたのだ。水野の荷物と思われる物も運んでおいた。

 彼らは直ぐに何が起きたかを理解したらしい。


『どうすんだ? オマエ??』

『……』

『お前がサツにガラ拐われたって言うから、今まで待ってやったんだろ?』

『いや、水野に金を持ってかれたみたいで……』


 別の人物の声が大きくなるのに比例して大山の声は小さくなっていった。

 どうやら大山は神津組の連中と一緒のようだ。釈放されて警察から出た所で捕まってしまったのだろう。


『それが組と何の関係があるんだ?』

『でめえのダチの不始末だろ?』

『舐めてるんか?』


 何やらドスの聞いた声が聞こえる。録音を聞いていても分かるぐらいに険悪な空気に成った。

 すると何やらひとしきり殴打する音や、何かが暴れる音が響いて急に静かになった。

 その後、何かを引きずる音が聞こえた後は静かになった。

 これで詐欺グループの連中にも罰が下ったのだろう。


「クスクス……」


 ディミトリは録音を聞きながら笑い声を漏らしていた。

 思い描いていたシナリオ通りに事が運んだからだ。


(俺のばあちゃんを騙すからだ……)


 ディミトリはあの人当たりのよい老婆を、自分の祖母を重ねて見ていた。

 だから、余計に彼らを許せなかったのであろう。ディミトリは年寄りを喰い物にする連中は許さないと決めていたのだ。


 ディミトリは録音を聞き終わったので、イヤホンを耳から外した。

 懸案だった揉め事の一つが、片付いたので安心したのだ。


 窓に寄って外を見た。顔の向きを変えずに黒い不審車が居る事を確認した。

 十字架の形に加工した追跡装置への充電は巧くいっているようだ。これが有る内は彼らが移動することは無い。


(さあ、いよいよ金を持ってヨーロッパに飛ぶか……)


 チャイカを見かけている以上は、日本に長居をするのは得策とは思えない。

 彼が未だに仕掛けて来ないのが不気味だが、きっと組織同士が牽制してるのであろうと考えている。


 だが、渡航に掛かる金は手に入れたので、サッサと日本から消えるべきと思い直した。

 その為には下準備が必要だ。何しろ未成年なので何か言い訳を考えないと、相手の国に入国させて貰えない。


(次は中東に向かう方法も考えないといけないな……)


 今手に持っているのは三千五百万の大金だ。アオイには手間賃と口止め料で千万程握らせれば良いだろう。

 祖母にも一千万程置いていくつもりだ。これで残りは千五百万はある。他には詐欺グループのマンションに残っていた小銭だ。

 水島が失踪した風に見せかけるために、彼の荷物などは一緒に引き上げてきた。


(何も恩返しを出来ないのは心苦しいが、早いとこ自分の身体に戻らねばならんのだよ。 ばあちゃん……)


 上手い事言い訳を考えねばと独り言を呟いてみる。まだまだ、やる事は一杯ある。



 夕方になるとアオイのアパートにやって来た。今日はステプラーを外してもらう約束の日だ。

 部屋の前に到着して、早速ドアをノックした。


「……」


 何も反応が無い。いつも、この時間にはアオイの方が早く付いているはずだった。


(まだ、病院なのかな…… 今日、診察の日だと確認メールしておいたんだけど……)


 ディミトリは『分かった』と返事のメールを貰っていたので、何も考えずにアパートまでやって来ていた。

 そういえば表にはアオイの車は無く留守のようだった。


(参ったね……)


 ここで帰宅して再び来るのは面倒なのでどうしようかと考えながら部屋前に居た。

 やがて、ディミトリはドアを諦めて窓の方に回ってみた。ちょっと様子を見てみようと思ったのだ。

 中を覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。


「いやいやいやいや………… 部屋の中に何にも無いし……」


 アオイのアパートはもぬけの殻だったのだ。


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