第50話 好みの問題
大山病院。
翌日、ディミトリは大山病院に来た。アオイに電話してもメールしても連絡が付かない。
そこで、直接会いに来たのだった。
鏑木医師が死んでから大山病院には来ていない。誰が鏑木医師の仲間なのか不明だからだ。
それに、中華系の連中の動向も掴めていない。鏑木医師が死んだのに何もアクションを起こして来ないのも不気味だ。
(追跡装置で把握しているだろうに……)
彼らはディミトリの住んでいる場所も行動範囲も知っているはずだ。
(或いは知っているから泳がせているつもりなのか……)
つまり、何も分からない状態で、ノコノコと大山病院に来るのは危険な行為なのだ。
だが、今回は事情が違っている。金を持ち逃げされようとしているのだ。危険を犯すだけの価値は有りそうだった。
(折角、苦労して手に入れた大金を諦めるわけにもいかないしなあ……)
だから、危険を承知の上で大山病院にやって来たのだ。
正面の入り口を入って、直ぐに受付には行かずに長椅子に座って周りを見渡していた。
誰かがディミトリを注視しているようなら、直ぐに逃げ出すためにだ。
病院には雑多な人がやってくる。病気の人は勿論の事、入院患者の見舞いや出入りの業者などだ。人が多いので誰も一介の中学生には目もくれないはずだ。そんな中で目を合わせる人物が居たら、自分を監視しているという事だ。
幸い、誰も自分を見ていないようなので受付の前にやって来た。受付で兵部葵を呼び出して貰おうとしたのだ。
しかし……
「兵部さんなら一昨日退職なされましたよ?」
受付の女性にあっさりと告げられてしまった。その事にディミトリは唖然としてしまった。
「ええ? 随分と急ですよね??」
「はい、私達も戸惑っております」
その割には淡々と告げる受付の女性。
「どうしてなのか分かりませんか?」
「はあ、自己都合なので詳細はお教え出来ません」
にこやかに答えるが目は笑っていない。少し警戒しているのかも知れなかった。
「そうですか…… 何とか連絡先とか教えて貰えないでしょうか?」
「それは個人情報保護の問題も有るので出来かねます」
そう言って頭を下げた。この話はここで終わりということだろう。
病院は患者個人のデリケートな問題を取り扱う。なので、個人情報の扱いはかなり厳しい。それは医療関係者にも当てはまるのだ。一般市民が尋ねても教えて貰えそうに無い。
鏑木医師の住所を調べた時のように、無人を見計らって事務所に潜入する事も考えたが諦めた。あの時は、書類がどの辺にあるのかを事前に調べていたから出来たのだ。今回は時間も無いし、退職した職員の書類を残してあるとは思えないからだ。
「そうですか、分かりました……」
ここで、アオイに関しての手がかりが消えてしまった。実家は北関東にあるらしいが詳しい場所は聞いていない。
妹の通う大学名はうろ覚えの状態だった。
(う~ん…… デッドエンドか……)
ディミトリはスゴスゴと病院を後にして家路に就いたのだった。
いつものように最後の詰めの甘さが出たようだ。色々と考えておくが、どうしても飛んでくる火の粉の方に行ってしまうのだ。
(完全に油断しちまったなあ……)
怪我を見てもらったりしていた関係で油断はしていた。見た感じで大人しそうな雰囲気もあった。
それに、弱みを握っているので大丈夫だろうと、慢心していたのもある。
(しかし、あの女……)
ディミトリは苦笑してしまった。考えるまでもなくアオイは三千五百万の現金を持って飛ぶつもりだ。
アオイにしてみれば妹の懸案が全て片付き、彼女の留学費用も調達出来た。不要な男は切り捨てる事にしたのであろう。
元々、そのつもりだったかは不明だが、大金を目が眩んだのは間違いなさそうだ。
(大人しそうな顔してやるじゃん)
ディミトリは思わず微笑んだ。オッパイは小さいが度胸は大きいようだ。
そういう強かな女はディミトリの好きな性格だ。
(まあ、予防策は取って有るんだがな……)
だが、ディミトリもお人好しでは無い。彼女のスマートフォンには位置通知用と盗聴用のアプリを仕込んである。
(最初から位置通知を起動しておけば良かったか……)
ディミトリにも、どこか信じたかった心が有ったのかも知れない。色々と厄介事を凌いできた仲間という意識もあった。
ちょっとした後ろめたさを感じていたので起動していなかったのだ。
「信用してないのはお互い様だろ?」
そう言って姉妹の現在地を探し始めた。位置通知が示した座標は隣町を示している。
「ホテル…… じゃないな……」
最初はビジネスホテルかなと思ったが住居表示では普通のビルだった。
(そんなに遠くには移動してないな……)
普通の人は緊急で逃げる時には、自分の知っている行動範囲から出られないものだ。彼女もその口かもしれない。
或いは妹と待ち合わせしているかだ。
(留学に向けて打ち合わせ、その後でアオイは人前から消えるんだろうな……)
潜伏されると厄介になるかもしれない。そう考えたディミトリは家に帰ってから直ぐに出かけることにしたのだった。
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