第46話 変声期
学校。
ディミトリは水野の移動を監視していた。授業中にスマートフォンを見る事は出来ないので、休み時間ごとにトイレで見ていた。
水野は例の襲撃したマンションに帰宅したようだ。
(あの場所からアジトを移動してないのか……)
ここで手を止めて考え込んだ。アオイに渡した名刺の名前は『桶川克也』となっている。
名前を変えているのは、違う詐欺事件を考えているのだろうかと考えた。
(引っ越しの金が無いのか?)
彼らは警察のガサ入れに遭っている。という事は警察に事情徴収されているはずだ。
なのに外に出ているという事は、詐欺事件との関係を立証できなかったかで釈放されたのであろう。
(俺なら引っ越しして身を潜めるんだがな……)
普通なら同じ場所に住み続ける気には成らないはずだ。警察は証拠無しぐらいでは諦めない。蛇のようにしつこいのだ。
だから、警察の監視が付くのは分かりきっている。これは水野も知っているはずだった。
(或いは移動できない理由が有るかだ……)
ディミトリの顔に笑みが広がっていく。金の匂いを嗅ぎつけたのか、ディミトリは鼻をヒクつかせもした。
ディミトリは帰宅した後で、マンションに行って盗聴器と監視カメラを仕掛けるつもりだ。
二回目の仕掛けは手慣れたのも有って短時間で済んだ。盗聴器は同じ場所に設置したが、監視カメラは通りが見える場所にした。警察の監視が付いていると思われるからだった。
盗聴器を仕掛けて直ぐに、水野が誰かと会話しているらしい場面に遭遇した。
『大山は直ぐに出てくると思いますので、金の事は大山と話してください……』
大山とはディミトリが散々痛めつけたリーダーであろう。直ぐに出てくると話していると言う事は拘留されたままなのだ。
残りの二人は他の詐欺グループにでも鞍替えしたのか居ないようだ。
『いえ、勝手すると自分がシメられてしまうんで勘弁してください……』
水野はリーダーが隠した金の保管を任されているようだ。
恐らく証拠不十分で不起訴になってしまうだろう。彼らは決定的な証拠は隠滅しているらしかった。
(そうか…… まだ、金は持っているんだな……)
だが、肝心な所は彼らは上納金を渡していないという点だ。
その事を知ったディミトリはニヤリと笑っていた。
『小遣い稼ぎは自分でやってますんで…… はい…… 大丈夫です』
相手はケツモチの神津組であろうか、水野の言葉使いは丁寧だった。
しばらく無言の後、大きなため息が聞こえてきた。電話が終わったと思えた。
『ったく…… うっせぇな……』
言葉使いが変わった所をみると、やはり電話が終了したのだろう。
分かり易い奴だとディミトリは思った。
強い者にはペコペコして弱い者には傲岸不遜に振る舞う。中々のクズだ。
(これで遠慮無く殺れるな……)
ディミトリがニヤリと笑った。まあ、元々祖母を騙した奴は生かしておく気は無かったのも事実だった。
『金庫の番号なんか知ってる訳無いだろう!』
この言葉にディミトリはピクリと反応した。
(あ? あの時は金は有りませんって言ってたじゃねぇか!)
やはり、こういう手合は(自分も含めて)嘘付きばかりなのだとディミトリは確信した。
次は絶対に手を抜かないと心に決めたようだ。
『台所に金庫が有ろうが、鍵が有ろうが開かねぇもんは開かねぇんだよ!』
水野の独り言が続いている。酒が入っているのか声が大きくなっていった。
・金が入ってる金庫はある。
・鍵もある。
・解錠させる為の番号はリーダーしか知らない。
・リーダーが釈放されるのはいつなのか分からない。
彼が喚いている事を要約するとこの四つらしい。後はリーダーや仲間の悪口だらけだった。
きっと一番下っ端だったのであろう。一人で留守番をさせられているのだ。
(ちっ、邪魔が入らなければ手に入ったのに……)
どうやら探していない所が有ったようだ。ディミトリは舌打ちをしていた。
金の在り処をリーダーの男に聞き直す必要が出てきたようだ。今度は丁寧に念入りに聞くつもりだ。
『誰に襲われたのかなんて、変な声の奴に聞けって言うんだ!』
(変な声…… ああ、俺か……)
水野は自分を襲ったのが、若松忠恭である事には気づいていないようだ。マスクを被っていたから当然である。
まあ、実際の所。中学生に襲撃されたなどと考えつかないものだ。そして、襲撃されたせいでガサ入れされたと思っているらしかった。
『今度、来やがったらぶっ殺してやるっ!』
何かを蹴飛ばしたのか、物が倒れる音が響いた。
ディミトリが襲った時には、水野が一番大人しかったのを覚えている。
相手が居ないと威勢が良いのは、こういった連中の特徴であるらしい。
(ウンウン、大丈夫。 近い内に遊びに行くから待っていてね? 水野くぅん)
ディミトリはニヤニヤと微笑んでいた。
金のある場所さえ分かればリーダーが出て来るのを待つ必要は無い。金を戴いて身柄も拐ってから、アオイの件を尋ねよう。それから始末してしまえば良い。
ディミトリは具体的な手順を考え始めたのであった。
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