第45話 ツイてない奴

ファミレスの様子。


 アオイは水野と二人っきりでファミレスで逢っていた。こうしないと病院の受付から移動しないのだ。

 常識的な勤め人として病院に迷惑を掛けるのが嫌だったのだ。


『鴨下さんは僕の会社で働いていたと言いましたよね?』

『はい……』

『その彼がどうして交通事故に会う場所に行ったのかが分からないのですよ』

『私も知りません……』

『でも、貴女が住んでる場所の近くじゃないですか?』

『同じ市内と言うだけで近くは無いです。 通勤する経路からも外れてますし……』

『へぇ、その場所を良くご存知ですよね?』

『警察に聞きました……』


 水野は何度目かの同じ質問をしているようだ。警察の尋問のやり方にそっくりだが、これは水野が似たような目に有っているからだろう。警察の尋問は同じ質問を繰り返して、相手が答えた時に出来る矛盾点を見つけ出す作業だからだ。

 そこを突破口にして真相を抉り出すのが仕事なのだ。


『彼は優秀な方で、貴女や妹さんの事は特に目を掛けていたらしいんですがねぇ』

『私達の話を聞いたので?』

『質問しているのは僕なんだがな』

『……』


 アオイは水野がどこまで知っているのかを質問したかったが、下手に言うとやぶ蛇になる可能性が有った。

 そして水野もアオイが焦れて怒り出すのを待っているようだ。


『特に妹さんの事を話す彼は楽しそうでしたよ?』

『……』


水野は言外にストーカー男がやった事を匂わせているようだ。そうすることでアオイを怒らせて白状させようとしているのだと推測できた。

 それはアオイにも感づかれたようで話を逸らし始めた。


『私達は彼には特に思い入れは有りませんわ』

『でも、同じ市内に住んでるのはご存知だったんでしょ?』

『さあ、知りません……』


 これは事実だったのだろう。一家離散してまで逃げたのに、またストーカー男が目の前に現れた時の絶望感は察して余りある。

 だからこそ、ストーカー男を永久に黙らせる方法を選んだに違いないからだ。


『妹さんのアパートに訪ねに行ったと言ってましたが……』

『ええ、聞いてます。 それから妹は友人の家に避難してます』

『その後で不幸な交通事故に有った……』

『……』

『偶然ですかねぇ?』


 恐らく水野はストーカー男の事故の原因をアオイであると思っている。それは当たっているが証拠がどこにも存在しない。

 そこで揺さぶりを掛けるために付きまとっているに違いない。


 彼が行っていた詐欺グループは、図らずもディミトリのせいで壊滅してしまった。次に稼げる仕事をしようとしていると思われる。

 その行為は別段どうでも良いが、相手がアオイなのは困ってしまう。彼女にはこれからも世話になるのは間違いないからだ。


『午後の勤務が有りますので、この辺で失礼します……』

『私の勤務時間がおかしいとおっしゃるのならコチラをお調べください』


 アオイはそう言ってUSBメモリーを水野に渡して席を立った。病院のパソコンから拝借した勤怠表が収められているのだ。


(ふふふ…… 演技派だね)


 そのUSBメモリーには位置情報を発信する回路が組み込まれている。水野の現在位置を知る手がかりになるだろう。

 本来は鏑木医師のパソコンに仕込んでやろうと準備していた奴だ。

 装置の電源はパソコン本体から取得できるので、半永久的に動作するのが自慢だった。


(要するに、あのツイてないおっさんは詐欺グループの受け子で働かされていたのか……)


 話を総合するとオレオレ詐欺グループの一員として働かされたらしい事は分かった。

 まあ、経歴書に賞罰有りと書かないと『有印私文書偽造』の罪になるから、まともな会社では雇って貰えなかったのだろう。

 彼としても喰っていかないと生きることが出来ない。仕方がないのかも知れなかった。


(まあ、スカウトされたのは刑務所だろうな……)


 刑務所とは犯罪の罪を認識して更生を誓う場所だ。実際には中に居た犯罪者同士が親交を深める場所でもある。

 ストーカー男が詐欺グループと接点を持ったのも刑務所だろうとディミトリは推測した。


(他に生きていく方法が無ければ仕方がないか……)


 日本社会の弊害なのだろう。一度罪を犯した者は二度と日の当たる場所に出ることが出来なくなる。

 それが犯罪抑止力になれば良いが多くの場合は成功していない。犯罪は毎日のようにマスコミを賑わせている。

 間違うことを恐れて小さくまとまっているのが日本と言う国だ。


(という事は、ストーカー男は待ち時間とかにアオイ姉妹の話を水野たちにしたのかね?)


 仕事の時には待ち時間などが当然ある。その時に自分の犯罪履歴を自慢したのではないかと思ったのだ。

 小物の犯罪者は自分を大きく見せるのに良くやる事だった。


(そうでもしないと、惨めな自分の現状から目を逸らせないしな……)


 彼らの気持ちが分かるだけに、ディミトリも苦笑を浮かべてしまっていた。自分もそうだったからだ。

 軍隊に入ってからは、目の前に様々な仕事が有ったので考えは浮かばなかった。今は退屈な毎日が有るだけなので、何で自分がこんな黄色い連中に囲まれて四苦八苦してるのか分からなかった。


 日本で生活していて思っていたのは、ディミトリの感覚からすれば『良く息がつまらないな』だった。

 人目のある所で、ちょっと変わった事をすればSNSで袋叩きだ。その割には子供の虐待も、役人の不正も目を瞑ったままだった。


(まあ、そのうち出ていくからどうでも良いけど……)


 彼は骨を日本に埋めるつもりは無いらしい。


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