第23話 女の匂い
自宅。
ディミトリは次の懸案を考えることにした。
「とりあえずはコイツを取り出すか……」
自分の左腕にあると思われる追跡装置を外すことにした。きっと、自分がディミトリである事はバレている。
今後、相手側がどう出るのか不明だが、自分の所在位置をワザワザ教えてやる義理もない。
(さてさて、轢き逃げ女は何処に住んでるんだ?)
女の車につけた携帯電話の位置情報は、とあるアパートの前で停止したままだ。
見ると病院のある市の二つ隣の市だ。つまりディミトリの住んでる街を挟んで隣に位置している。
ディミトリは手にしたスマートフォンで、『轢き逃げ女』に仕掛けた携帯電話の行方を監視していた。
「ここが住んでいる場所か……」
ディミトリは携帯電話の位置情報が示している緯度経度から地図で場所を特定した。
ストリートビューで見た感じはちょっと古めのアパートだ。
ここが住んで居るアパートに違いないとディミトリは確信した。思い違いの可能性も有るが、それを調べるのはこれからだ。
夜中に位置情報の示すアパートに赴き、監視用のビデオカメラを設置した。
ビデオカメラと言っても詐欺グループの監視に使ってたやつだ。
それを電柱に貼り付ける。一見すると電柱の付属品のように見えるので怪しまれないと考えたのだ。
中の映像はマイクロSDカードに記録されているので回収は容易なものだ。
本来なら携帯電話に繋げて遠隔操作出来れば良いのだが、手持ちの携帯電話は数が限られているので仕方がない。
手持ちのやつは自宅を見張るのに使っているのだ。
それは自分が鏑木医師の家に居た事を知った連中が、どういう行動に出るのか不明だったからだ。
もし、待ち伏せされるのなら、事前に知っていると居ないのとでは生存確率が違ってくる。
ビデオカメラの設置と同時に、アパートの住人全部の名前を入手しておいた。
別に難しい事をするのではなく、郵便箱を携帯で画像に収めるだけだ。これで部屋を特定出来れば名前が判明するからだ。
映像に映っているのはアパートの入り口と部屋が辛うじて見える程度。
設置場所が限られるので、『轢き逃げ女』が部屋に入って電気を点けるタイミングで本人を特定するしかない。
一日間を空けてデータを回収してくる。不審車は相変わらずディミトリの日常を見張っていた。
鏑木医師の盗聴をしていたのなら、ディミトリが同じ部屋に居たことを知っているはずなのに不思議だった。
だが、腕の方には電波遮断カバーを付けてあるので、ある程度は自由に行動できるのが有り難かった。
轢き逃げ女の調査と言っても、動画を見ているだけなので退屈だ。
ディミトリは先日回収した武器の手入れを始めた。祖母には玩具のエアソフトガンを買ったと言ってある。
実際に買って空箱だけ残しておいただけだ。中身は同じクラスのガンマニアにくれてやった。
こうしておけば部屋に本物が有っても区別が付かないだろうと考えたからだ。
その内、どこかに隠す必要がある。だが、それはまだ先だ。
ディミトリはベテランの兵隊だったので、分解程度なら手元を見なくとも出来るように訓練されている。
これは暗闇の中で分解掃除する事になっても平気なようにするためだ。
今回はサビが付かないように、グリースをたっぷりと付ける事を目標にしている。
回収してきた動画を早送りで再生させていると問題の箇所に差し掛かった。
「……夕方の時間で…… ここか…… 居た!」
『轢き逃げ女』は夕方には真っ直ぐに帰って来ていた。きっと真面目な人柄なのだろう。
録画する時にタイムスタンプを入れてあるので分かるようになっている。
「兵部さんね…… これは葵(アオイ)と読むのだろうか……」
彼女がアパートの入り口から入っていたタイミングと、室内が明るくなった部屋を照合して名前を特定できたのだ。
「初めまして兵部葵さん」
ディミトリは画面に向かって挨拶をしていた。これで彼女の行動パターンは手に入る。
次は彼女の家に押し入って手術に協力するように『お願い』するだけだ。
何かと上手くいかない日々だったが、今回はスムーズに問題が解決できそうだ。
彼は珍しく上機嫌だった。
(あれ? 可怪しいな……)
だが、ディミトリは直ぐに怪訝な顔になった。
(住んでるのが此処だとしたら……)
地図を見るとアパートから病院までは道路一本で行けてしまうのだ。
詐欺グループの居たマンションには用は無いはずだ。だから、轢き逃げをした道路を通過する必然性が無い。
商店街に面しているわけでも無いし、病院に関係するものも無いごく普通の住宅街だ。
(あの道路を通る必要が無いよな……)
あの道路とは轢き逃げ事件を起こした道路のことだ。
仕事に通うためでも生活用でも無く、違う道を通るのには目的が有ったからだ。
(じゃあ、おっさんを狙って殺ったのか?)
ディミトリの目が輝きだし、クスクスと笑い始めた。
(良いねぇ~、実に良い。 ゲスい女の匂いがプンプンしてくるぜ……)
ディミトリは思わずニヤついてしまった。同じ人種に会えて嬉しいのだろう。
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