第22話 引いたカードは同類

自宅。


 自宅に帰ってきたディミトリはそのまま寝てしまった。疲れていたのもある。

 実際は肝心な事が何も聞けなくてふて寝したのだ。

 翌日になってニュースを注意深く探ったが、鏑木医師の話は何処にも出てこなかった。


(おかしい…… 少なくとも死体が一つは出るはずだ……)


 昨夜は鏑木医師を入れて五体の死体が出ているはずだ。

 あの騒ぐことだけが大好きなマスコミが黙っているはずが無い。大ニュースに成ると思っていたのだ。


(まだ、死体が出ていないか、事件がもみ消されたかだな……) 


 恐らく後者の方だろうとディミトリは推測した。だが、少し考えを整理する必要がある。

 まず、鏑木医師が殺されてしまった理由だ。

 医者という職種は特別だ。普通の人には無い技能があり、常人には代えがたいものだ。

 だから、生かしておけば幾らでも使い道があったはずだ。

 なのにあっさりと始末されてしまった。


(……)


 それには射殺してしまうだけの理由があったのだ。

 つまり、ディミトリと対峙している時に、致命的なミスをしでかしたからだろう。


(クラックコアの単語を口にした途端に射殺されたよな……)


 射殺される寸前に鏑木医師は『クラックコア』の経過観察を依頼されていると口にした。

 きっと、重要な事柄で有ったのは推測出来る。


(経過観察を依頼されてる…… か……)


 依頼した人物が居ると言うことなのだろう。それが謎の不審車にも絡んでいるに違いない。


(つまり、日本語を理解できる奴がいて、余計な情報を漏らす前に始末させた)


 あの時、鏑木医師は携帯電話をポケットにしまっていた。つまり、携帯電話経由で盗聴されていたのでは無い。


(室内に盗聴器が有ったのかもしれないな)


 だが、襲撃してきた奴らは中国語を話していた。


(日本人と中国人の混合チームだったのだろうか?)


 無線機を聞いた限りでは日本語は聞こえなかった。しかし、現場には出てこないで指示だけしている可能性がある。

 大概のゲス野郎は現場ではなく、エアコンの効いた部屋で寛いでいるものだ。


(中国人だと仮定しても、荒事をさせる為に要員を準備出来る……)


 荒事の始末に外人を使う理由は直ぐに逃しやすいからだ。失敗したら消してしまえば良い。

 これは自分たちの居た国でもあった事だ。


(そして日本では非常に難しいとされる銃器を入手できる……)


 ディミトリは昨日の収穫物を思い出していた。


・ヘッケラーアンドコッホのMP5+減音器

・グロック17+減音器

・軍用暗視装置(中国製)無線機(日本製)

・防弾用ボディーアーマーとヘルメット(ロシア製)

・銃弾が一杯(数えていない)

・ナイフ


 これらの物を用意するだけでも、かなりの組織力が必要だったはずだ。

 日本は四方を海に囲まれている。なので、銃器を密輸させるとしたら海上での受け渡しになる。

 外洋を渡れる船が用意出来て、日本のコーストガードに怪しまれない身分の組織だ。


(つまり国際的な繋がりがあり、殺人事件程度など簡単に揉み消せる力がある……)


 自分が相手しているのは、世界を股に掛ける犯罪シンジケートなのかもしれない。

 そう思うと、何だか壮大なスケールの話に成りつつあるなと考えた。


(中学生が夢想する夢物語かよ……)


 ディミトリは余りのバカバカしさに苦笑してしまった。


「そんな連中が何で俺に用があるんだ?」


 思わず真顔で声に出してしまった。

 自分は戦場においては使い捨てに等しい傭兵だ。替わりなど山程居る。

 過小評価はしないが過大評価もやらない。ディミトリは冷静な人間なのだ。


(その組織の弱点に通じているとか……)


 手術後にディミトリであった記憶がすべて蘇っているわけでは無かった。まだ、ぼやけている部分も多い。

 きっと思い出していない何かが有るのかも知れない。


(クラックコアは脳の移植手術を示す単語に違いない……)


 これまでの経緯を考えると思い当たるのはそれしか無かった。

 ただ、脳の移植手術がどんなものなのか、想像が出来ないのが難点だった。

 ディミトリは毎朝、自分の頭を手鏡で見ているが何の違和感も無いのだ。


(脳の移植手術なんか非合法なので口封じか……)


 きっと日本以外でも脳移植の実験を繰り返しているに違いない。

 彼らはそれとの繋がりが、露見するのを恐れていると結論づけた。

 鏑木医師がしたミスが何なのか分かったような気がしてきた。


(後、中国語を覚えておくと、この先々とても便利かもしれない……)


 ディミトリは中国語とノートに書き出した。

 今回の戦闘でも敵の無線を傍受できていた。にも拘わらず活かすことが出来なかったのだ。

 もう少し上手く立ち回れたような気がして成らなかった。


(相手がとんでもないゲス共だってのは間違い無い……)


 非合法の人体実験をやっている連中だ。まともな組織である訳が無い。

 もっとも、国家だからといってまともだとは限らないのも事実だ。


(ロシアも中国もエゲツない事をするので有名だからな……)


 俗に言う旧東側諸国では人権というのは軽く見られる傾向にある。特に政治犯に対しては人権など無いに等しい。

 それに臓器輸出が盛んなのも証明になるであろう。

 それらの『商品』がまともな手段で手に入れる事が出来るとは思えないからだ。


(だが、ゲスな連中で良かった……)


 昨夜の戦闘の事を思い返し始めた。


「神様とやらの目を気にせずに奴らを皆殺しに出来る……」


 ディミトリがニヤリと不敵な笑みをこぼした。



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