第14話 酩酊する隙間

自宅。


 ディミトリも普段は平凡な中学生『ワカマツタダヤス』を演じなければならない。

 平日の昼間は学校に行かなければならないのだ。


(また、クソッたれな場所に通う事になるとは思わなかったぜ……)


 退屈極まる時間をジッとしているのは苦痛だった。

 知識が無いので授業の内容が理解出来ないからだ。


 彼は教室では口をきかなかった。この国の中学生の常識が皆無なので話がつまらない。

 それと面倒臭い事になるのを避ける為だ。

 事故の事は予め全員に知らせているようなので、クラスメートもディミトリには積極的に話しかけては来なかった。


 後遺症があるという事にしてあるが、時々はサボって保健室で寝てたりした。

 そうすると先生たちに依怙贔屓されていると勘違いするのも当然のように居るものだ。


 トイレに行って用をたし、教室に戻ろうとすると同じクラスの大串が立ちはだかっていた。

 何故か目玉をギョロギョロ動かしてる。

 大串の子分たち二人も来ていて、トイレの出入り口を塞いでいた。


(何かを探しているのだろうか……)


 ディミトリは無視して通り過ぎようとすると再び立ちはだかった。

 やっぱり、目玉をギョロギョロ動かしている。

 いつだったか、病院抜け出した時に絡まれた金髪にも、似たような事していたのを思い出した。


(ああ、威嚇してるつもりなのか……)


 ディミトリが育った街では威嚇などしないで拳で語ることが多かった。次がナイフだ。最後は拳銃で撃ち合った。

 ところがこの国では違うらしい。目玉をギョロギョロ動かすのが相手への威嚇になるらしい。

 中々、滑稽な風習なのだなと思った。


「何の用だ?」

「あっ?」


 面倒くさいが一応話は聞いてあげようかと声をかけてみた。

 やっぱり、目玉をギョロギョロ動かしている。


「何の用だと聞いている……」

「誰に向かって聞いてるんだっ! あっ!」


 まるで話が噛み合わない。頭の悪そうな相手にディミトリは目眩がしてきた。

 それと同時に時間を無駄に使わされるに腹が立ってきはじめた。


「調子こいてるんじゃねぇーよっ!」


 まだ、目玉をギョロギョロ動かしている。

 ディミトリは吹き出しそうになるのを堪えていた。


「おめぇの目つきが気に入らないんだよっ!」


 ディミトリがニヤついたのをバカにされたと勘違いした大串が大声を出しはじめた。

 そのまま喚きながらも殴りかかってきた。


「へ?」


 彼には訳が分からなかった。

 これまで大串とは口を聞いた事も無いし、これと言って接触すら無かったのだ。


 殴りかかって来た大串を、ディミトリは当然のように避ける。

 案の定というか大きく振りかぶって向かってきたのだ。これでは相手に何処を殴ろうとしているのか教えているようなものだ。

 そのままディミトリは大串の足払いをした。するとコロンという感じで床に転がった。

 彼らは身体を鍛えるという事をしないので簡単に転んでしまう。


 転がっている大串にディミトリはすかさず跨った。両肩に膝を載せて身体が動かないようにする為だ。

 要するにマウントポジションを取ったのだ。

 この体勢になると、余程の体力差が無いと相手は手が出せない。

 ディミトリは大串の顔を掴んだ。


「なんだ? おまえ……」


 大串は掴んだ手を離そうとディミトリの腕を掴もうとする。しかし、両肩にディミトリの体重が掛かっているので動かせない。

 ディミトリは掴んだ手の人差し指を大串の目玉の下に差し込んでやった。これは相手にかなりの恐怖を与える。


「むぅーーーーっ! むぅーーーーっ!」


 何やら唸っていて煩いので、顔を掴んだまま頭を床に叩きつけた。

 ゴンッと鈍い音と共に大串は黙った。痛かったらしい。


「黙れ…… 一度しか言わないぞ?」


 大串は目を大きく開いたままディミトリを見上げていた。


「俺に構うな…… 次は目玉をえぐり出してやる……」


 何も反応が無い。顔を掴んだまま頭を床に叩きつけた。


「分かったな?」


 再びゴンッと鈍い音と共に大串の目に涙がたまり始めた。指が少し深く入ったのでろう。


「……」


 大串が頷くような動作をしている。もっとも、頭をディミトリが抑えているのでうまく出来ない。


「むぅ…… むぅ……」


 そこまで言うと手を離してやった。

 大串の目から涙が溢れ出ている。どうやら目玉は無事らしい。


「……」


 立ち上がったディミトリは子分たちの方を睨みつけた。

 いきなりの逆転劇に大串の子分たちは立ちすくんでいた。

 相手の予想外の強さに驚き、どうしたらいいのか戸惑っているのだ。


「ん? 次はお前か??」


 子分たちは首を盛んに振って道を譲った。

 ディミトリが大串に構ってる時に、襲うという発想が彼らに無かったのは幸いだった。

 一度に三人相手に喧嘩は出来ない。手加減する暇が無くて相手を殺してしまう可能性があったのだ。


(これで終われば楽だがな……)


 ディミトリはため息を付きながら教室に戻っていった。

 彼らが素直に諦めるとは思えない。弱いやつ程キャンキャン吠えるのを知っているからだ。



 自宅に帰ってきたディミトリは、詐欺グループのアジトに仕掛けてきた盗聴器を聞いていた。


(思っていた以上に鮮明に聞こえるな……)


 リビングに面した部屋以外の音も拾えるのは意外であった。音がくぐもって大して聞こえないと考えていたからだ。

 もっとも、それらはロシア製や中国製の怪しげな盗聴器だったせいもある。


(実は日本の民生品ってのは凄いんじゃねぇのか?)


 そんな事を考えながら聞こえてくる音に集中していた。

 床を歩く音や玄関の開閉の音も聞こえていたので人数を数えるのが楽になりそうだった。


 何日か観察した結果で彼らの行動パターンのような物が判明してきた。

 午前中は詐欺の鴨を見つけるための電話セールス攻勢。午後は金を引っ張るための外出がパターンのようだ。


 肝心の金は事務所に戻ってきてから分けているようだ。どういった割合で分けているかは不明だ。

 そして金は各々自分で管理しているらしい。時々個人で外出しているので、その時に銀行に預けているのだろう。


 時々、街中に繰り出して酒を浴びるように飲むらしい。


(酒を飲むと言ってもたかがしれている……)


 正体不明の不審車の事も有り、金を手に入れておくのは早いほうが良いと考えていた。

 見た目子供のままで潜伏が可能かどうかは分からない。だが、何も手を打たずに流されるままになるのは嫌だったのだ。


「……」


 そんな事をボーッと考えていると、彼は気になる会話をしはじめた。


『日曜に金主に会うから金を都合してくれないか?』


 リーダーらしき男の声だ。金主というのが分からなかったが、纏まった金を渡す相手が居るらしい。


『ああ、いいですよ』

『何だか急ですね?』

『あの人はいつも急なんだよ』

『なにかの取引であるんすかねぇ……』

『細かいことは教えてくれんよ。 まあ、気にしてもしょうがないし』

『どの位あれば良いんですか?』

『帯付きで十本ご所望だ』

『あははは、確かにそれは急には用意出来ないっすね』

『最近の銀行は百万以上の引き出しに目を光らせているからな……』

『はははは、俺らのせいっしょ』


 そんな会話だった。要約すると週末になると、まとまった金が有るらしいという事だ。

 帯付き十本ということは百万円の束が十束。一千万の事だ。

 リーダーは金の用立てのお礼に奢りで呑みに連れて行くとも話していた。


(チャンス到来だ……)


 ディミトリはほくそ笑んだ。


(よしっ、襲うのは酒で酩酊して寝入ってる時だな……)


 そして、夜明け間際に襲撃する事にしたのだった。


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