第10話 揺れるカーテン

自宅。


 ディミトリは自宅のパソコンに、スマートフォンから送られてくるGPS情報を打ち込んでいた。

 スマートフォン上にも地図付きで表示できるが、軌跡が消えてしまうので不便なのだ。


 得られた緯度経度情報から、地図上の位置と照らし合わせる為だ。

 彼らの行動を考察する必要もある。それは今後の作戦に役に立つのだ。


(こういう事は自動化しないとやってられないな……)


 そんな事を考えながら黙々と情報を打ち込んでいた。

 ディミトリはプログラムを組めるわけでは無いが、簡単なスクリプト程度なら作れる。

 その内、自動化してしまおうなどと考えていた。


(もう少し勉強しておくんだったな……)


 学生時代は成績は下の方だった。勉強より運動の方が面白かったせいもある。

 それに学校特有の狭い人間関係も嫌だった。地域から集めるので雑多な境遇のものが集まってくる。

 金持ちの子供や貧乏が染み付いているような子供まで色々だ。自然と階級が出来てディミトリは最下層だった。

 どんなに羨んでも自分はそう成れないと確認させられる毎日は苦痛だった。

 そして何よりも机の前にジッと座ってるのが苦手だったのだ。


(でも、兵隊になると自分で掘った穴の中でジッとしてる事が多かったけどな……)


 兵隊は銃の手入れをしているか、哨戒の為に塹壕などで前方をみている事が多い。

 だが、それだけだ。何かを羨ましく思ったり妬んだり蔑まされたりが無かった。

 後は、上司の嫌味を聞き流していれば良かったので楽だったのだ。


「!」


 ボーッと子供時代のことを思い出していたら車が停止したようだ。

 国道沿いに変化していた位置情報は、隣市のマンションで停止したのだ。


(くそっ、電話からは何も聞こえてこない……)


 移動している間に何度か会話を聞こうと試みたが、紙袋にしまい直されたのか盗聴は成功しなかった。


(会話から何かしらの情報が欲しかったんだがなあ……)

「タダヤスー、夕飯よー」


 階下から祖母の呼ぶ声が聞こえる。


「はーーい」


 悪巧みをしているディミトリの顔から、中学生のタダヤスの顔に戻して返事をする。

 良い子ちゃんを演じきるのは中々大変だとディミトリは思った。


 夕食を掻き込むように済ませたディミトリは、自分の部屋に戻ってGPS情報の確認に戻った。

 だが、夕食後になっても移動をしていなかった。このマンションが連中のアジトであろう。


(まあ、場所が分かっていれば、やりようは幾らでも有る)


 翌日、ディミトリはランニングに行く振りをして、自転車で下見に出かけた。

 場所はメイン通りから少し入った三階建てのマンション。世帯数は三十戸程度。

 ファミリー向けのありふれたタイプだ。


 こういったタイプのマンションは、人の出入りが多いので目立たない。

 それに隣に誰が住んでいるのかすら関心が持たれないのも良いらしい。

 悪さする連中にはうってつけの物件なのかもしれない。


(どの部屋か分からないな……)


 まさか一軒づつ尋ねて回るわけにもいかない。

 そこでディミトリは監視カメラを設置する事にした。監視カメラと言ってもマッチ箱サイズのものだ。

 仕掛ける場所は出入り口が見渡せる向かい側の道路の電柱。灰色の目立たない塗装なので不審物には思われないだろう。

 朝仕掛けて夕方回収する。人の出入りを監視して複数の男が出入りする部屋が連中のアジトと推測できるはずだ。


 何日か観察してみないと駄目かなと思っていたが、翌日には簡単に特定出来てしまった。特定できたのは三階の角部屋だ。

 金を受け取りに来ていた奴が出入りしているのだ。てっきり役割分担されているので、アジトは違うのだと思いこんでいた。


(分業化が徹底していないのか…… やはりアマチュア集団だな)


 ディミトリは襲撃手順を考えるためにマンションの外側を見て回った。

 すると、窓のカーテンが揺れているのを見逃さなかった。窓から侵入出来そうだ。


(この構造なら雨樋を伝って登れるな……)


 これはベテランの空き巣が使う手口だ。

 普通マンションなどにはベランダや屋根の排水に使う雨樋が付けられている。それを足がかりにして登る事が出来るのだ。

 二階以上の住人は何故か窓から侵入されにくいと思い込むらしい。そして窓の施錠を行わずに就寝してしまう。

 空き巣は窓から侵入し、物色した後に窓から帰っていく。玄関は施錠されたままなので、住人は侵入された事に気が付かない。

 後で気が付いても、いつされたのか分からないのだ。


 もっとも、普通の雨樋は大人の体重を支え切れる程頑丈な作りではない。

 だが、今のディミトリの体重であれば大丈夫だろうと推測していた。朝晩のランニングや柔道などの習い事で、筋肉は付けてきている。ディミトリの感覚ではまだまだ軽い方のはずだ。


(やっぱり明け方にやるか?)


 ディミトリは監視カメラの映像を見ながら考えていた。部屋には四人居るようだ。


(四人か…… 殺って良いのなら二分もあれば足りるんだが……)


 元々、傭兵を生業として生きて来た。命のやり取りに躊躇する事は無い。

 寧ろ空気がヒリ付くような接近戦闘は好みの方だ。

 だが、未だに勝手のわからない国に居るのに、面倒事に巻き込まれるのはゴメンだとも考えていた。

 万が一、警察にバレても殴られただけなら、仲間内の傷害事件で片付けられる可能性が高い。しかし、殺人事件となると捜査する本気度が違ってしまう。

 そうなればディミトリの所までたどり着かれてしまう可能性が出てくるのだ。


 そういう事態は避けなければならない。それはディミトリの見かけの年齢はタダヤスの十四歳であるからだ。

 少なくとも、後四年ほどは平穏無事に過ごさなければならない。

 そうしないと一人で外国に行かせて貰えない。あの祖母の性格からしてある程度の年齢は取らないと駄目なのだろう。

 彼の第一の目標である、文字通りの『自分探しの旅』に行けないのは困るのだ。


 ディミトリは観察用の動画を見ながら、しばらく考えを纏めようとしていた。

 もちろん、襲撃の手順と脱出の方法についてだ。


「あれ?」


 だが、ここで重大な問題に気がついた。


(そもそも連中は現金を部屋に置いているのか?)


 普通に考えて詐欺をした金は、分配した後で各自が保管するはずだ。その金を手元に置いておくものだろうかとの疑問がある。

 自分だったら仲間と言えども信用せずにサッサと銀行に預けるなりしてしまう。

 だから、襲撃に成功しても金が無い可能性があるのだ。


 ディミトリが戦闘に参加させられた麻薬関連の『仕事』でも、金の受け渡しは銀行間の電子送金が常だった。

 つまり、一番信用しなくては成らないのが仲間であり、用心しなければ成らないのも仲間であるものだ。


(受け取ったら銀行に預けてしまう可能性が高いよなあ……)


 そもそもの計画では、詐欺連中の稼いだ金を横取りするのが目的だ。

 襲撃に成功しても金が無ければ本末転倒である。


 ディミトリは忍ばせておいたスマートフォンに電話を掛けてみたが通じない。

 見つかってしまったか、或いは何処かに仕舞い込まれたのだろう。

 ここで少し思案したディミトリは、気が進まない事を思い付いていた。


「盗聴装置を仕掛ける必要があるな……」


 そんな事をポツリと呟いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る