第9話 悪い奴に悪さする奴

自宅。


 水野が帰った夜。ディミトリは詐欺グループから金を奪取する方法を考えていた。

 この手の連中の始末の悪いところは、『悪いことをしてる俺かっけぇー』と思い込んでいる所だ。

 だから、人の良い老人を騙すことに罪悪感を持っていない。寧ろゲーム感覚で小銭を稼いでいる。

 自分たちのような悪に盾突く奴はいないと慢心しているのだ。


(だからこそ、付け入るスキが有るんだよな……)


 そして病的に警察を嫌っている。つまり被害に遭っても届け出をする可能性が低いのだ。


(どうやって有り金を頂けるかな……)


 具体的な手順を考えている内に眠ってしまっていた。



 数日後。ディミトリは柔道教室から帰宅した。柔道は格闘戦で力になるのを知っているからだ。

 兵隊だった時には、軍の初年訓練で柔術の訓練をやらされていたものだ。

 最初は基本訓練ばかりで嫌気がさしていたが、実戦に出ると随分と役に立っていたのを思い出す。

 その記憶があるのだ。後は身体に基本的な事を覚え込ませれば良い。


 帰宅して玄関に入ると、居間の方から祖母が誰かと話をしているのが聞こえた。

 居間を覗いて見ると電話をしているようだった。


「まあ、息子が本を出す予定だったんですか……」

「金額は二百万ですか…… 私は出版という物には疎くて良く分からないものですから……」


 それを聞いていたディミトリには『ピン』と来るものがあった。


「それでは、見本を送って頂けますか?」

「ええ…… ええ……」

「お願いいたします……」


 最近の警察の広報などで『オレオレ詐欺』の啓蒙活動のお蔭で祖母も用心深くなっていたのだ。

 先日の水野の件では父親の直筆らしき借用書があったので大人しく支払った。

 だが、今回は額が大きいので念を入れたらしい。



「はい、わかりました。 それでは見本の到着をお待ちしております……」


 祖母はそう言って電話を切った。


「何、父さんの借金がまた有ったの?」


 傍で聞いていたディミトリが何も知らない風で聞いてみた。


「ええ、そうなのよ…… FX投資に関する指南書って本を出そうとしてたみたい……」


 祖母は少し思案顔になった。まず、FX投資が分からなかったのだ。


「あの子が本を出すなんてねぇ……」

「前に来た水野って人がエフナントカで大損してたみたいって言ってたじゃない?」


 ディミトリはエフエックス関連に絡めて詐欺を仕掛けて来ると考えていた。


(そう来るか……)


 借金返済でなく出版とは詐欺グループも色々と考えているものだと感心した。


「そういえば言ってたわねぇ……」

「その失敗談でも本にする気だったんじゃない?」

「そうねぇ……」


 直筆の借用書もコピー機があれば合成できてしまう。本とやらもプリンターが有ればそれっぽい物が作れてしまう。

 この世の中に偽造できない物など無いのだ。


(まあ間違いなく詐欺だな……)


 とりあえずは彼女には支払う気になってもらう積もりだ。

 そして祖母には悪いがもう一度だけオレオレ詐欺に引っ掛かって貰う。三度目は無いから大丈夫だろう。

 今回は詐欺グループの所在地と人物を特定するためだ。


(それに金は取り戻してみせるさ……)


 ディミトリはそう決意していた。



 翌日には本とやらが届いた。普通、出版物は著作者に献本というものが十冊程度配布される。ところが、彼らが送ってきたのは一冊だけだった。

 契約書に出版社名は書かれていたが、検索しても出てこない怪しげな会社だった。


「…………」


 だが、祖母はその本を丁寧に読んでいた。きっと自分の息子を思い出しているのであろうとディミトリは考えた。


 すると荷物が届いて小一時間も経った頃。居間の電話が鳴った。

 彼らだった。


「はい…… はい、届きました……」

「その方に二百万円を現金でお渡しすれば良いのですね?」

「はい、分かりました……」


 彼らは近所にある大きめのスーパーを受け渡し場所に指定してきたようだ。

 そこなら場所が分かりやすいからだとも言っている。


(防犯カメラの死角を見つけたんだな……)


 ディミトリは彼らの意図を見抜いてほくそ笑んだ。

 自分もそのスーパーはよく知っている。ビデオカメラの購入で利用したことが有るからだ。


 屋上が駐車場に成っているタイプの大型スーパーだ。防犯カメラもどっさりと有る。


(でも、死角はあるんだよなあ……)


 屋上の入り口に向かうスロープと建物の間に、防犯カメラが無い事にディミトリは気がついていたのだ。

 普通の人はそんな事は気にもしないが、ディミトリは本能的に防犯カメラの位置を確認してしまう。

 正直だけでは生き残れない街で育ったので仕方がない。


 そして、彼らはまさにそこを指定してきた。

 やはり、似たようなクズ同士なので、意見が合う物だなとディミトリは感心した。


(早めにビデオカメラを買っておいて良かったぜ……)


 ディミトリは詐欺グループの顔を押さえておこうと考えた。その方が後々楽だからだ。

 祖母が持っていく紙袋の底に携帯電話を忍ばせてある。GPS装置で位置情報を取得するためだ。

 一見すると何のアプリケーションも入っていないように偽装してある。後は上手く行くことを祈るだけだ。



 指定してきた時間。ディミトリは落合う場所が見える場所に居た。道路を挟んだ向かい側だ。

 そこのガードレールに腰掛けてスマートフォンをいじってる風を装っている。

 ビデオカメラは腰のサイドバッグの中だ。穴を開けてレンズだけが露出するように工夫してある。

 カメラ本体の操作はスマートフォンで行う。


 犯人たちは二人組だった。恐らく『受け子』と呼ばれる係だ。

 一人が現金を受け取り、もう一人は車の運転席で待機していた。


 彼らは周りを油断なく見回している。警察の張り込みを警戒しての事だろう。

 助手席側に居た男が車を降りて祖母に近寄った。

 そして、何やら用紙と引き換えに金の入った紙袋を受け取っていた。


(領収書かな…… 詐欺に遭っていることを悟らせない小道具も用意してあるのね……)


 ディミトリは妙なところで律儀な詐欺グループに感心していた。


 金を受け取った二人組は車を走らせて去っていった。

 ディミトリの前を通過したが、背を向けているので気が付かれていないはずだ。


 ディミトリは早速携帯に電話してみた。勿論、着信音もLED点灯もしないはずだ。

 二人組は道中に紙袋の中身を確認しているようだった。


『あの小僧は誰よ?』

『孫だって言ってた』

『ふーん……』

『お…… ちょっと見ろよ……』

『……』

『携帯が入っているぜ……』


 ガサゴソと音が続いた後に犯人たちの声が聞こえてきた。


『何か仕込まれているんじゃねぇか?』

『調べてみる…… 待ってろ……』


 犯人たちも馬鹿では無い。絶対に疑うに決まっているとディミトリは考えていた。だから偽装を色々と施しておいたのだ。

 だから、ディミトリが途中から電話をしているのに気がついていないようだ。


『んー…… ほぼ初期状態だね、GPS位置情報も切られている』

『ああ、病院と個人がいくつか入ってるだけだ。 滅多に使って無いみたいだぜ』

『ははは、婆さんがウッカリ入れたまま取り出し忘れたんじゃねぇか?』

『病院の予約用だろ。 平気じゃね?』

『じゃあ、大丈夫か……』


 犯人たちは只で携帯が手に入ったと喜んでいた。

 勿論、GPS位置情報は有効になったままだ。分からないように偽装してあるだけだ。

 ちょっとした専門機械を使えばバレてしまうが、彼らはそれをやらないだろうと考えていた。


(悪さするのには慣れているが、悪さされるのは慣れて無いのか…… 間抜け共め)


 ディミトリは自分の計画が上手く転がりだした事でほくそ笑んでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る