『月の文学館』投稿作品集1~10

夕辺歩

第1話『魔法のスプーン』

 少年は目を輝かせた。

 道案内してくれたお礼に魔法のスプーンをあげよう、と行商ぎょうしょうの老人が言うからだ。


「風でも土でも光でも、すくった物を何でも美味しく食べられるよ」

「本当?」


 少年はお腹を空かせた妹のことを思って喜んだ。

 ところがそこへ美食家で有名な宝石商が現れた。


「俺が買った! さあて。琥珀こはく瑪瑙めのう珊瑚さんご、何から食おう」


 スプーンを取られてなげく少年に老人が微笑ほほえんだ。


「大丈夫。同じのがもう一本あるからね」



 素晴らしいスプーンだった。

 まばゆい朝日を、そよ吹く森の風を、かすかな夕凪ゆうなぎの調べを、少年と妹は掬って食べた。

 どれも素朴でありふれた、けれど優しい味だった。

 ふと少年は宝石商のことを思った。今頃どんな物を食べているだろう。



 ある日、少年はまた行商の老人と行き逢った。

 スプーンのお礼を言った。

 そういえばあの宝石商、と老人が声を潜めた。


「夜逃げしたってね」

「え!」

「よほど美味うまかったのか、売約済みの宝石まで残さず食べたそうだよ」

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