第5話 ナタネ油は力任せに搾り取ったわ

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「いらっしゃいませ!」

「お嬢ちゃん、3日、ここで宿泊できるかい?」

「はいかしこまりました! 1,500pペルンになります!」


………

……


「いらっしゃいませ!」

「大部屋一つで5人。4泊をお願いします」

「はいっ! 大部屋には200p別途料金がかかりますがよろしいですか?」

「ああ」

「では、合計で………あ、10,200pになります!」


………

……


「この依頼を受けたものだ」

「あ、冒険者様ですね? 依頼書をこちらに………では、お一人様500pになります」

「む、この依頼を受ければタダになるのではなかったのか?」

「いえ、依頼書の方にも記述されている通り500p払っていただいて、依頼達成の印を私(わたくし)どもが押しますので、それをギルドの方へと持って行っていただければ、ギルドの方から、依頼達成として先ほど払っていただいた500pがそのまま払い戻しされる形になります。実質は無料ですが、一応ここで500pは払っていただかなければなりません」

「あ、そういうことか。本当に実質タダで宿に泊まれるんだな」

「連泊の場合の二日目以降や朝夕の食事は別途料金がかかりますが、『宥和の宿』は<冒険者様の懐に優しい宿屋>を目指しております。機会がありましたら、お兄さんまたいらしてくださいね♪」

「あ、ああ! ぜひそうさせてもらうよ!」



………

……



 目の前には宥和の宿に泊まろうとしているお客様。

 団体客もだが、個人のお客様まで居る。



 そんなお客様たちを天使の営業スマイルとテンプレのセリフを仕込んだフリームが接客する。


 今日だけでもう5人と団体1組も宿泊してくれているのよね


「す、すごい………」

「………言ったでしょう。わたしに任せてって」


 フリームが目の前の光景に唖然としている。

 広告の効果が出ているようでなによりだ



 わたしが冒険者ギルドで行ったことは、『宿の宿泊を催促する依頼を出すこと』だ


 初めは冒険者ギルドにフリームと二人で入ったら、強面たちに睨まれたけれど、怖くは無かった。

 みんな小さい女の子には優しくしてくれようとしていた。

 近づこうとは思わないけどね


 冒険者という年齢ではないからか、依頼を出そうとしているのが判るのだろう。

 わたしたちに無駄にからもうとする輩もいなかった。

 安全で何よりです。


 そんなわけで、無事依頼を出して、見聞を広げて、この宿をみんなに認知させることができた。


 おかげで、今までにないくらい大繁盛!



             ★



 ということで、冒険者ギルドに入って強面たちの間を通り抜けて受付まで行ったのだけど、そこからの事を説明するわね


 回想の時間よ。




『………依頼をしたい』


 わたしはフリームを伴って冒険者ギルドまでやってくると、筋肉質なおっさんや腹筋の割れたねーちゃんたちにジロリと睨みつけられたけれど、臆することなく受付まで進んだわ。


 冒険者ギルドは子供が来るような場所ではない。わたしもフリームも、見た目はまだ10歳になっていないのだ。

 身長が130cm台なのだ。13歳なのに!


 場違いであっても、わたしたちには目的はあったから、受付についてから単刀直入に物申したところ


『はぁい、依頼の発注ですねえ。“パティロール”が担当しまぁす』



 そこに居たのは、金髪のゴテゴテしたヘアスタイルの受付嬢。

 町役場に居た“プティロート”さんのそっくりさんだった!


 びっくりよね。聞けばプティロートさんの妹さんらしい。

 道理でそっくりのはずだ。見分けがつかないゴテゴテヘア。長いまつげにわたしの鼻にはきつすぎる香水の匂い。

 双子と言われても遜色ないレベルのそっくりさだ。


『本日はどのようなご依頼ですかぁ?』


 くるくると金のゴテゴテヘアを巻きながらこちらの依頼を確認するパティロールさん。


『………東門の近くにある“宥和の宿”に泊まる依頼を出したい。』


 わたしがそういうと、長いまつげを震わせてパチクリとこちらを見た。

 当然だ。利益にすらならない依頼を、こんな子供が出そうとしているのだから。


『そんなことでいいんですかぁ? でも、そんなことしてなんになるんですかぁ?』


『………こちらの利益にはならない。でも、目的がある。』


『どのような目的ですかぁ?』


『………新人冒険者を支援する宿にしたい。新人冒険者はお金がない。そして早く冒険者ランクを上げたい。だから、“宿に泊まる”依頼を出す。』


『うーん、そのような依頼は承認いたしかねますぅ』


 そう。当然そんな意味不明なことをいうわたしの依頼は却下されたわ。

 わたしだってそんな依頼は却下するもの。



『………冒険者ギルドの方だって、新人が金欠で苦しんでいるのを見たことがあるはず。ギルドだって新人の場合は早くランクを上げてあげたいと思っている。』

『うーん………』

『………おそらくこの依頼は取り合いになるけれど、きっとこの依頼は新人にとっての救済になるし、新人が依頼を取る練習にもなる。人気のある依頼はすぐに無くなってしまうのでしょう?』


 だが、そこで折れるわけにもいかないから、畳み掛ける。

 当然だ。詐欺も営業も押し売りも。折れてしまえばこちらに利益はできないのだから。

 利益を出すためにの最善を探り、最高の状態で宿を盛り上げなければ、わたしとしても恩返しが出来たという実感はわかない。


『………依頼競争の練習にもなり、ギルドにとってもプラス、冒険者にとってもプラスのいい依頼だと思うのだけど』


『そちらの宿屋には何の利益もありませんよぉ? 依頼料をいただきますからぁ実質マイナスのはずですぅ』


 適当な考えの持ち主かと思ったら、パティさんは案外考えている人らしい。

 見た目からは想像ができないけれど、頭の中でそろばんでも弾いているのだろうか、依頼料、冒険者の宿泊費、冒険者への報酬。そういう足し算や引き算を繰り返して出てくる答えは、依頼者側のマイナス。

 だからこそ、それを窘めようとしているのだ。


『………それ以上の恩恵がある。こちらは宿の存在を周知することが目的。その下積み』


『うーん………』


 それでもこちらが折れずに、本音をぶちまけても、こちらの話が理解できていないのか首を縦にはふらない受付嬢。


『………だったら、業務提携を打診する』


『え?』


 そこで、わたしは別の切り口で切り込む。

 当然だ。此方が目指す出口を一つ押さえられてしまったならば、別の出口を作れば・・・いい


『………毎月、宿の売り上げの5%をギルドに納金する。だから、“宥和の宿”を冒険者御用達の宿ということで冒険者たちに紹介してほしい』

『チカちゃん!?』



 こういう“営業”をしないと、お金を稼ぐなんて夢のまた夢だから。

 冒険者ギルドまで着いてきていたフリームがギョッとしてわたしの服を掴んできた。

 わたしとしては、なぜフリームがわたしを止めに入るのかが理解できないわ。


『ええっとぉ、それは私だけでは判断いたしかねますぅ!』


 パティさんは金髪を指先で忙しなくクルクルと回して言葉を探していた。


『………そ、じゃあ宿に泊まる依頼だけでいいわ』

『わ、わかりましたぁ、ではそのように発注しまあす』


 パティさんも、そんな難しい事よりもさっさと依頼を受けた方が楽だと感じたのか、その後はスムーズに事が進んだ。


 詐欺の常套手段の応用だ。

 初めに無理難題を吹っかけて、その後にそれよりましな条件を提示させ、それなら何とかなるかと契約をもぎ取る。


 それを無理難題から面倒くさい手続きに替えただけだ。

 ま、無理難題というわけでもないし、もっと立場が上の人がわたしの提案を聞けば、喜んで飲みそうな条件だけどね。

 なぜなら、宿屋が設ければギルドが儲かるから。この条件はギルド側には何のデメリットも無いのだから。


 Fランクの新人用の依頼なので、依頼料は1回500pペルン

 さらに、冒険者への依頼報酬として500p


 合わせて1000p


 これは宿屋に依頼を出した冒険者以外に二人泊めないと精算が合わないし3人泊めないと利益が出ない。


 が、しかし、“宿に宿泊する依頼は”宿泊する冒険者から宿泊代を取るので、支払わなくてはならない実質は依頼料の500pのみ。つまり冒険者は実質タダで宿泊は可能(ご飯代は別料金)となる


 ゆえに、冒険者以外に2人泊めれば利益が出る。

 もともと、現状、宿泊客が少ないうえに数人分の冒険者はタダで泊めるつもりでいるんだ。残りのお金は広告料と思えば惜しくない。


 部屋も増築したから泊まる人が増えることになんの問題ないしね。


 “宿の名前”を『人の目』につかせることに意味があるのよ。


              ★



「………まぁその後、ギルマスが直接話をしに来るとは思わなかったけどね」

「おかげで月の“宿泊代”の5%をギルドに納金するだけで、ギルドが一日に1回依頼書を張り出してくれるようになったもんね」


 ご飯代が入っていないからこそ、こちらには利益がたくさん舞ってくる。

 人目に付くし、人が寄る。ギルドも依頼書がなくともこの宿の事をよく紹介してくれる。当然だ。ギルドがお金を貰っている以上、この宿を紹介すること“義務”なのだから。


 人が寄れば、噂になる。どんな噂か?


 『冒険者はタダで泊まれる宿屋がある』『飯の美味い宿屋がある』『トイレの環境がすごくいい宿屋がある』『竜殺しが泊まっているらしい』『受付の双子がかわいい。ぺろぺろしたい』『今までに見たことのないトイレだ』『トイレの環境が最強』『トイレが匂わない』『トイレに住める』などなど。


 トイレの噂ばっかりだ。なんでやねん。あと双子じゃない。わたしがお姉さんや。


 まぁ、トイレにはタンクも取り付けたし、レバーを捻れば水が流れて排水トラップを設置しているからネズミも上がってこないし排水から匂いも上がってこない。


 便器は元々木枠だったものを陶器職人に依頼して、科学的に流しやすいように計算された精密な設計図|(あつしくんがしてくれた)により便や水を流しやすくしている。腐らない。


 トイレの環境は本当に力を入れて、暇がある限り一日中トイレに閉じこもって作業をしたからね。

 自身があるよ。


 おそらく、現代日本でもこんな大がかりな工事は50万円くらいするんじゃないかしら。

 有り余るお金でトイレの環境に力を入れて、多少自分たちの力で作った分もあるけれど、さすがに自腹を切って大金貨が3枚ほど飛んで行ってしまった。これが日本円だととんでもない額になってしまう。でも後悔はしていないよ。このくらいのトイレ環境じゃないと、わたしもあつしくんもみっちゃんも満足できないもの。



 とはいえ、まだまだ不満はある。

 なぜなら、ここまでやってもまだ『和式トイレ』だからよ。これを『洋式』にするのはまだまだ時間がかかりそうだ。



 噂はさらに人を呼び、大繁盛となりました。冒険者の一人や二人分の部屋なんて軽いくらいに、ね。


 もちろんフリームのお母さんがギルドとの契約書にはサインしたけど、お互いにWin‐Winになれるようにわたしが確認をとったうえでサインをしてもらった。


 ギルドにも宿屋にも利益があるって最高ね


 フリームが嬉しそうに微笑み、それを見てわたしもホッコリしていたところで、再び宿の扉が開いた。


「いらっしゃ………ひぃう!」


 突然、フリームの笑顔が凍りつく。

 何事かと思ってわたしも扉を見てみると


「おうおう、繁盛してるようだなぁ」

「なんか変なことをしてると思ったが、払うもんは払ってもらうぜぇ」


 大繁盛なんだけど、この人たちも借金の催促でやってくるんだよね。

 いつぞやの借金返済のおじさんたち。



「はぅ………」

「………フリーム、しゃきっとする」

「う、うん!」


 若干怯えてきているフリームの背中をポンと叩いて正面を向かせる


「こ、これが先月分と今月分です」


 フリームが若干こわばりながらもはお金を包んだ包みをおじさんに手渡す。


「ひぃふぅみぃ………おう。確かに受け取った。これ以上滞納するようやったら無理やりにでも嬢ちゃんを奴隷に落としてそれを担保に金を捻出させてもらうところだったぜ」


 そのセリフにフリームがビクリと肩を揺らす。

 お金が無くなったら、奴隷に落とされる。


 この町でもよくあることなのだろう。


 お金を借りたのはフリームのおうち。

 それを返せなかったのはフリームの宿。


 このおじさんたちは、仕事をしているだけなのだから。



「ま、近いうちにまた来ることになるだろうけどなぁ」

「クライアントも残酷なことを言いやがる」

「おい、バカか! ここでそんな話すんじゃねえ!」


 にやけた面の黒服。そして下卑た笑みを浮かべた黒服の頭を叩くリーダーらしき男。


「え?」

「なんでもねえよ。じゃーな。ほら、行くぞお前ら」


 おじさんたちはお金を受け取ると、すぐに宿から帰って行った。


 ふむ………どうやらまだ彼らと一悶着ありそうだ。


 もしかして………フリームはかわいい女の子だから、奴隷として欲しがっている者が居る?

 この世界には奴隷がいるから、ありえない話ではないかも。


 ふと、この宿屋の借金を返せない理由を聞いたときの会話を思い出す。


『………くわしく聞かせて。なんで借金を返せないの』

『………うん。ひと月前からお客さんがあんまり泊まってくれなくなっちゃったから、自分たちが生活する分を確保するのだけでも精一杯なの』


 “ひと月前からお客さんが泊まってくれなくなった”。


 それって、フリームのお父さんが亡くなった頃かしら。


 それまでは普通に泊まっていた。

 ならば、外部からの嫌がらせで人が泊まらなくなった可能性がある。


 もしかしたら、わたしたちが知らないだけで、この宿にはなにやら不穏な噂でもあったのかもしれない。

 わたしがギルドと話を付けてギルドがここを紹介してくれるようになったおかげで、おそらくはその噂の上塗りが出来たと思うけど。


 おそらくは、『二月、納金を待ってやった』という恩を着せ『お金を払えなかった』から、膨らんだ借金を『奴隷に落として』回収する。

 そんな算段。


 女将さんが妊娠中で動けないことをいいことに、好き勝手やってくれるわね。


 もちろん、それはわたしが今考えたシナリオに過ぎないのだけど………


 不用心な彼らの去り際の一言は、わたしを疑心暗鬼にさせるだけの十分な材料があった。



                    ☆



「………おかえりあつしくん、みっちゃんも。」

「ただいま、チーちゃん」

「おう、今帰ったぞ、チィ。何作ってんだ?」


 夕方。宿屋に泊る人に向けて、わたしは大量の料理の仕込みをしていた。


 人が多いから、わたしは注文などというものは受け付けない。


 通常メニューは、大きなおなかを重そうに動かしているフリームのお母さんであるフルーダさんに動いてもらっている。


 わたしとフリームが頑張って宿屋を回しているうちにどうやら体調は良くなってきたらしく、「体を動かしていないと落ち着かない」と言っていた。


 妊婦にも適度な運動は大事だもんね。だから通常のお客さんに出す料理を担当してもらっている。


 もちろん、わたしもそっちの手伝いをするけれど、基本は手間のかかる地球の料理を担当しているよ。


 フリームは完成された料理をちょこちょことテーブルに運んでいる。


 あつしくんとみっちゃんは帰ってくるなり手を洗い、頭を布で縛って、みっちゃんはポニーテールにしてこっちの仕込みを手伝ってくれる。

 助かるよ。


 ちなみにわたしは今、ツインテールよ!



「………これは南蛮漬け。」

「うおっ! 油とかどうやったんだよ! まさか自作か!?」

「………ナタネ油、自作した。かなり疲れたけど成功したからには揚げ物を食べたいでしょ」


 ドヤ顔を向けながら揚げ物をポイッと皿に乗っける。3番テーブルよ、間違えないでねフリーム。


「そりゃそうだ。原料を圧搾するのに能力使ってるんだろ?」


 やっぱり揚げ物はおいしいわね。

 鶏肉に若い醤油を揉みこんでお酒に付けてショウガとニンニクで下味をつけたものを小麦粉を付けてカラッと揚げるのもまたおいしい。

 あつしくんも唐揚げは好きだ。だけど今日は南蛮漬けよ。そういう気分なの。


 能力で圧搾しないと、油がとれないんだもの。しかたがないわ。


「機材がないもんね………でも、揚げ物が出来るだけの量ってすごく大量に必要だけど、どうやって集めたの?」


 みっちゃんも油を作る大変さを判ってもらえて何より。機材がないから、わたしの常識外れの怪力に頼るしかないの。

 わたしの能力がなかったら油なんか作れないからね。


 でもね、おかげで圧搾した時にわたしの手は油まみれになって大変だったんだからね。

 絞りかすは一応とっておいているけど、家畜の餌とかに使えるかしら。

 さすがにそこまではよくわからないのよね。


「………材料はわたしのおこづかいから冒険者に頼んだ。アブラナっぽい植物の絵を描いて、コレを集めてくれって頼んだんだけど………どうやらアブラナを製油する工場はすでにあるみたい。依頼した後に気付いたから、すこし手間がかかったけれど、自作した分安上がりよ。質はすこし市販の物より落ちちゃうけどね。」

「構わねえよ、というか自作できることがすごいっつの」


 アブラナも畑で育てているみたいだし、揚げるという料理工程が無いだけで、やっぱり料理に油は必要だものね。


 『焼いて食う』だけが料理ではない。料理とは芸術なのだから、食には貪欲になって行くのが人間という生き物だから。


 油から自作してあつしくんに褒められると照れる。ちいさく「………ありがと」と答えると次の揚げ物に移る。



「………わたしたちの地球の………ひいては日本の料理はうまい。だから人を呼ぶ。そして、他の料理に比べて割高だけど、うまいから人は喰う。それはつまり稼ぎ時を意味するわ。そして、もうすぐラッシュの時間帯。」

「ああ。俺らが効率的に盛り上げて行こうじゃねえか!」

「腕が鳴るわ!」



 わたしもみっちゃんもあつしくんも、料理の腕には自信がある。


 わたしの得意料理は日本食。

 みっちゃんはイタリア

 あつしくんは中華


 偏りはあるけれど、それでもわたしたちはそれが得意というだけであり、どのジャンルの料理も一通りはできる。

 能力などがなくとも、元々がハイスペックであるという自覚がある。


 孤児院にいるころは料理を作ることもよくあったし、迷惑を掛けないために勉強も頑張った。

 それはみっちゃんもあつしくんも同じだ。

 だからこそ、これは才能などではなく、努力の成果だと受け取ってほしい。



 さて。宿屋のお客さんだけでなく、夕ご飯を食べに来たお客さんも入ってくるようになった。


 宿のロビーではなく、食堂に直接続く出入口を解放しているからだ。

 というか、夕方からは食堂として開放することにした。


 もともとフリームのお父さんが宿のことを管理して、フルーダさんが料理を担当することでこの宿を成り立たせていたらしいし、食堂の方は通常の業務に戻したといった方が正しいか。


 借金は返せていないけれど、この宿屋は敷地が広い。一階は食堂として開放すればさらなる利益を生み出すからね。その分、仕事量がものすごいことになるけれど、フルーダさんが本調子に戻れば何とかこなせるはずだ。


 その気になれば、従業員を雇える程度の稼ぎは今、この宿屋にはある。

 余裕ができればお手伝いさんとして奴隷を購入したっていいだろう。


 宿屋の知名度が上がり、料理の評判もいいこの宿屋は、街のみんなにとって、ちょっとしたブームにもなっているんだ。


 いまのうちに集客集客っと。

 今のうちにがっぽり稼いでおけば、不測の事態にそなえがあれば憂いなしってね。



………

……


「ありがとうございました、ミウさん、アツシさん、チカちゃん!」


「ふぃー………おわったぁー!」


 台所に溜まっていたお皿をすべて2度洗い、棚に仕舞うと、みっちゃんが大きく伸びをして背中を逸らす。


 お客様もみんな満足したみたいで、今日の晩御飯のお会計だけで、わたしたちが来る前の半月分の利益が上がっている。

 大車輪の活躍ですな。


 料理がおいしい。トイレの環境がいい。

 そんな宿屋に、泊まりたいというお客様。


 ちょっと予約でお部屋がいっぱいいっぱいになってきている。


 噂が広まりすぎたかな。

 また改装工事をしないといけないのかしら。


 でも、人が居ない時間帯っていうのがもうないのよね。いつ改装したらいいことやら。



「………みっちゃん、お疲れ様」

「んっんー………! ふぅ………。うん。今日もオーガとトロールを倒して街道を見回りして、帰ってきたらすぐに料理を手伝って………ちょっと身体がどうにかなっちゃいそうね」


 伸びをしたことにより、そのたおやかなDカップが浮き彫りになる。

 うらやましい。

 わたしはまだAAだというのに。

 フリームでさえAだというのに!


 しかし、その嫉妬の念はすぐに押し殺し、みっちゃんに労いの言葉を掛けた。


 それにしても………


「………よく体力がもつね」

「超能力の研究所で人体改造されたせいよね………能力のない平凡な私だったら、とっくの昔に過労で死んじゃってるもの。ま、オーガなんかを倒すと一月は遊べるくらい稼げるからいいんだけど、こう………冒険者としての活動と宿屋の仕事が重なっちゃうとね………」


 やはり、異世界での暮らしは現代日本に慣れてしまっているわたしたちには過酷なものだ。

 みっちゃんも根を上げているけれど、まだもう少し体力的にも余裕がありそうね。

 わたしは研究所で人体改造を施されているけれど、体力面筋力面ではそれほど優秀な成績は残していない。

 能力を使用したら話は別なんだけど………わたしの能力はデメリットが大きいから………


「私よりも、敦史の方がよっぽど疲れているわ。日中は朝早くから依頼で動き回ってるし、魔物とも常に命がけの戦いをして、私のサポートをしてくれる。疲れて帰ってきたらご飯も食べずに今度は料理の手伝い。私よりも一つ下なのに、責任感が私よりも強いんだから」


「………。」


 チラリとあつしくんの方を向いてみれば、食堂のテーブルをすべて拭き終えて、食堂の椅子に座り、テーブルに突っ伏していた。


「腹減った………」


 当然よね。

 一日中動き回って、帰ってきたら料理の匂いを嗅ぎ続けて、しかも自分は食べられない。

 拷問だ。


「………まかない、食べて」

「すまないな、チィ」



 コトリとあつしくんの前に南蛮漬けとご飯を配膳する。

 あつしくんはむくりと起き上がって、竹で作った箸で南蛮漬けを食べ始める。

 みっちゃんにも同じように南蛮漬けを渡し、もちろんわたしも南蛮漬けを3人で同じテーブルについて食べる。


 わたしは能力の関係上、最低でも一日5食は食べないと体力が足りない。なので5食目の夜食もみっちゃんたちとご飯を食べることができるのだ!



 現在の時刻は夜の九時ごろだろうか。


 朝の6時ごろからぶっ通しで働き続けたら、一般人なら簡単に身体が潰れてしまう。

 この宿屋で出したことのあるメニューはフリームの母であるフルーダに渡しているし、仕込みさえ忘れなければ、配膳はすぐにできるようにしている。


 わたし達が居なくても大丈夫なように、食事時のみはパートタイム助っ人を募集することを提案すると、フルーダさんもさすがにここまで繁盛するなら助っ人を頼んだ方がいいという結論に達したようで、すぐに了承してくれた。


 どうせわたしもみっちゃんもあつしくんも、お金が十分に溜まったら家を買ってのんびりと過ごすことになるんだ。

 いつかはこの宿屋からわたし達が居なくなる日は必ず来る。わたしたちの存在に依存して甘えられても、その時が来てしまったら宿屋が潰れてしまう。


 それを避けるためにも、この宿屋で最も繁盛する夕飯時だけでも人を増やしてもらわないとね

 ああ、奴隷とかを買ってもいいかも。でも奴隷の飯代が嵩むか。そういうのはフルーダさんが決めることだしね



「ふぅ………ごちそうさん」

「おいしかったよ、チーちゃん」

「………当然」



 手を合わせてから、空になったお皿を台所に持って行く


「チカちゃん。最後のお皿洗いは私がやるから、みんなはもうお部屋でゆっくり休んだ方がいいとおもうな」


 気を利かせてフリームがわたしたちの食器は洗ってくれるようだ。

 9歳なのに、しっかりした子ね。


「………それじゃ、任せるわ。ありがとう」


 フリームにお礼を言ってから自分たちの部屋へと戻ることにした。



 さて、明日はいいことあるかしら。


 そんなことを思いながら部屋に入り、3人で体を拭いてからあつしくんは部屋のソファに、みっちゃんは備え付けのベッドに横になり、わたしも同じベッドにもぐりこむ。


 正直なところ、3人とも同じベッドでもよかったのだけど、みっちゃんが「あの年の男の子は繊細なの。そっとしてあげて」

 と言っていた。恋愛感情が無くとも少しは性欲とかもあるものね。しょうがない。



 みっちゃんたちは明日もお仕事だ。早く寝て、早く起きて、早く明日にそなえないといけない。

 明日はどんな一日になるのかな。


………

……



 ―――翌日。


 勇者に出会った。


 魔王の娘にも出会った。


 なんでやねん。



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