実験の末死んだNO.02と呼ばれた寡黙少女は実験施設で一緒に育ったチート性能の家族と異世界でのんびりしたい。~怪力乱神の魔女が異世界を往く~

たっさそ

第1話 NO.02 怪力乱神

 

「はははは! やべえ! すげえ! これで死なねえのかよ! くははは!」


 狂った様な声が薄暗い部屋の中にひびく。


「ぅぁ………」


 そして、呻き声がわたしの口から漏れる

 それを聞き届ける者はいない


 ここは人工超能力者を作る施設。


 詳しい名前は知らない



 わたしは、服を剥ぎ取られて手足を拘束され、身体中を弄くり回された結果、超能力を手に入れた成功サンプル。


 名前は井上智香

 だけど、ここでの呼ばれ方はNo.002

 実験体のモルモットには、名前は必要無いらしい。


 年齢は、13歳だけど、身長が低いからせいぜい10歳くらいにしか見えないらしい


 もともとは井上孤児院に入っていた、ただの孤児。

 わたしを心配する親もいなかったわ。


 だから、わたしは売られたんだ。


 好きで孤児に生まれたわけじゃないのに


 わたしは、ただ普通に生きたかっただけなのに


 悔しさに歯を食いしばりながら、実験を耐える



 両手両足を拘束されたまま、金属バットで足を、腕を、腹を、頭を、殴られ続けた


 しかし、金属バットで殴られた場所は、なんの傷跡も痣も残さぬままそこに存在していた

 不思議なことに、痛みは無い。


 今度はもっと重い棍棒。さらには大きな鉄球を上から落としてわたしの身体にブチ当てる。


 衝撃耐久実験、電撃耐久実験、熱耐久実験、水中耐久実験、低温耐久実験、毒物耐久実験



 あらゆる投薬と実験を繰り返してわたしの身体は進化を続け、衝撃を通さない肉体が完成した。


 わたしの超能力は、超能力とは名ばかりの唯の怪力。


 施設の人が付けた能力の名前は『怪力乱神(かいりょくらんしん)』


 軽く拳を握れば、握力は1tをゆうに超える。


 わたし以外の超能力者は、重力を無視したり、動物と話すことができたり、集中力をあげたり発電したりと、様々な能力者がいる


 超能力者は、総じて耐久力が増し、筋力も大幅に増える傾向にあるが、わたしの場合は筋力ばかりに能力が寄ってしまい、他の能力は無い。

 そればっかりか、体に傷が入ると、通常よりも10倍以上の痛覚を伴う。


 耐久力が増しても、痛覚が10倍になれば、気が狂ってしまいそうになる。

 いっそのこと、一思いに早く殺してくれと何度思ったことだろうか


 どれだけ筋力が増えたところで、能力者の脱走を防ぐために嵌められた能力制限用の腕輪があるせいでまともに能力を使用することができない。


 だから、裸で縛られたまま、わたしは衝撃耐久実験に付き合わされなくてはいけないのだ



 これまでも、能力発現の過程で1000人以上の子供達が死を迎え、生き残った超能力者は100人程度。耐久実験に生き残ったのはたった10人ほどだ


「………みっちゃん、あつしくん………」


 歯を食いしばりながら、震える声でルームメイトの名を呼ぶ


「あん? No.001とNo.003は死んだよ、てめえの目の前でなぁ。

だが、てめえらの死のおかげで人工の超能力者を量産することが出来るんだ、ありがたく思えよ」


 嘲笑する研究員。その瞳は狂気に塗りつぶされている。

 生き残った100人程度の超能力者には能力の親和性の高い順に番号を付けられ、番号が若いほうが優秀な傾向にあるのだが


 視線を巡らせると、美しい灰色の髪をチリチリに焦がし、皮膚が焼け爛れ、顔の原型の分からない女性の体が鎖に繋がって横たわり、ピクリとも動かないNO.001と呼ばれた少女の死体がそこにあった


「あ、ぁぁあ………!」


 視認した瞬間、身体中の力が抜ける

 暖かい液体が頬を伝った


 さらに視線を巡らせると、奥の方に水槽が見えた

 その水槽の中には、裸にされた15歳くらいの少年が、力無く浮かんでいた


 今のわたしの耐久実験は衝撃耐久で、怪力乱神の能力とは相性が良かったからか、まだわたしは生きている


 でも、次はわたしがああなるのだと思えば、もはや抗う気力も湧かなかった


 真っ白になる頭の中。


「衝撃に対する耐久は私の予想以上だな。次は、電撃耐久実験だ。」



 電極を体中に貼り付けてバチバチと体中に電気が流れ始める

 痺れる身体、身体の筋肉が勝手に収縮し、脳に焼けるような痛みが走る

 怪力乱神は筋力を爆発的に増加させる代わりに、痛覚が10倍になる。

 衝撃などは筋肉が受け止めてくれるけれど、切り傷や電撃などはわたしにとっての天敵だ


「ぁあああああああああああああああああああ!!!!!!」


 あまりの激痛に力の限り叫び続ける。


「がぁあああああああああああああ!!!!」


 拘束を振りほどこうと力を込めても、わたしを縛る鎖は、びくともしない


「ふむ、100万Vでもまだ耐えられるか………なら、もっとアンペアを上げても大丈夫そうだな」


「ぎぃ………ぅがああああああああああああああああああああ!!!!」


 ビクンビクンと身体が痙攣する。自分の意思とは関係なしに手足が動く。

 それでも力の限り電撃に抗おうと全身に力を込める。

 わたしを縛っていた鎖にバキリという音と共に罅が入った


「あぐぅぅううああああああああああああああ!!!!」

「む!?」



 壊れる! もっと力を込めようとしたその瞬間。


―――バヅン! というひときわ大きな音と共に紫電を視界の端に捉えた。


 その光景を最後に、わたしの意識と生命は活動を完全に停止した。



                  ☆



……………

………





 目を覚ますと、わたしは森の中に裸で座り込んでいた



「………どこ?」


 呟いてみても返ってくる答えはない


 森の静けさと、吹き抜ける風にブルリと身を震わせる


 寒さを凌ごうにも、服が無い



 また新しい実験かな。

 今度はサバイバルでも試そうっていうのかしら?


 なんとなく手足を見てみると―――


「………傷が、消えてる?」


 今までの実験の過程でつけられた傷跡が、それどころか、実験以前の傷跡すら見当たらなかった。これはどういうことかしら。


 混乱する頭をよそに、左腕に小さな違和感を感じた。

 そちらに意識を向けてみると


「………。」


 能力を制限する腕輪が、黒々とした光をこちらに向ける

 それは、怪力乱神を押さえるための腕輪。


 ああ、やっぱり。

 実験は終わってい無いんだ。


 突如襲ってくる虚脱感にあらがえず、手短な木に寄りかかった。


 腕輪を撫でて、絶望に視界が暗くなる


 意識を失ってはダメだ。


 なんとか意識を繋ぎ止めて、自分の状況を理解しようと頭を働かせる

 そう言えば、能力はどこまで開放されているのかしら


 と思って、コンッと軽く力を込めて木に向かって拳を当てると、



―――バキバキバキバキ!

 と激しい音を立てて木が倒れた



 この調子から推測すると、制限は最高の状態から比べると半分ってところかしら。


 いつまでもここに居ても始まらないし、とにかく移動をしてみよう。


 実験の最中だったら、ここはおそらく無人島。

 人は居ない可能性は高い。

 何らかの要因で実験が続いていない場合は、人を探そう


 もしかしたら、助かるかもしれない。

 自由に、なれるかもしれない


 人が居れば実験の可能性は低い。わたしたちの存在は、完全に隠匿されるべきものだからだ。何らかの要因で実験所から放り出された可能性がある


 立ち上がり、腕輪を撫でながら歩き出す。

 どこに向かっているかなんて分からない。


 食べられそうな草木や木の実などを探して歩いて行くと、グニっと足元がぬかるんでいる場所にたどり着いた。




 視線を巡らせればそこにあったのは泉だ。

 水場は食糧の宝庫だ。

 注意深く見渡せば、泉に流れ出ている湧水を発見。さらに特徴のある葉を見つけた。

 これはワサビかしら。


 天然のワサビの葉を齧り、問題は無さそうだと判断したわたしは、多少泥が付いていても御構い無しに一口齧る。


「………~~~~~っ!」


 ツンと鼻に痛みが走る。涙が出てきた。


 ワサビがあるということは、ここには飲んでも問題のない湧き水があるということだ。ワサビのある湧水を手で水を掬って口に含む。

 舌の上で水を転がして異常がないかの確認をする。


 大丈夫そうだ。そう判断したわたしは、水を飲みこむ。



 大きな葉で編みこんで作ったエコバッグにワサビを大量に詰め込み、ワサビを齧りながら歩みを進める

 さすが天然ものだ。すり下ろしていないから辛さはそれほどないし、甘味さえある。美味ね。


 谷が近いのか、泉から流れる小川を発見した。


 下流に向かっていけば、あわよくば村とかがあればいいのに


 そんなことを考えながらペタペタと素足のまま彷徨い続け、小川に沿って再び森に入る。


 全裸に葉っぱのエコバッグ(ワサビ入り)という理解不能の格好のまま小川の続く先へと歩き続けたところで


『イヤァアァアア!!』


「………!?」


 割と遠くで女の子の悲鳴が聞こえてきた


 人だ。人がいる!


 どういうこと?

 これも実験なの!?


 エコバッグを握りしめて足元の石を拾うと、ぬかるみに足を取られながらも悲鳴が聞こえてきた方向へと走り出した



 『怪力乱神』は全身の筋力に効果がある。

 わたしの細い足は軽やかに木を避けながら、ものの数秒で声の元へと駆けつけさせてくれた


 そこでわたしの目に飛び込んできた光景に、思わず自分の眼を疑った。


 そこにいたのは、服を破かれ、裸に剥かれた女の子の股を開かせようとしている、醜悪な化け物だった。


 息を荒くしてヨダレを垂らしながら本能に任せて女の子を力任せに押し倒していたのだ


「イヤ! いやぁー! こないでっ!!」


 必死に化け物たちを押しのけようとする女の子の細い腕は、すぐに別の化け物の手によって拘束されてしまい、これから起こる悲劇を見まごうことなく幻視させられた。


 このままでは女の子は化け物から生える肉棒に貫かれることになる。


 そんな緊迫した状況でなお、わたしは冷静に現状を分析していた


(敵は4匹、人間では無さそう。女の子は………10歳くらいかしら。わたしと同じくらいの身長ね。髪の色は空色、顔立ちは日本人ではないっぽい。でも言語は通じているみたいね。よかった。ということは、ここは日本なのかしら。実験施設からそう遠く離れてはいない? まぁいいわ。今は女の子が危険な状態ということがわかった)


 短い間にそれだけの情報をまとめ、人がいること、言語が通じることにホッと安堵の息を吐く。


 さて、それだけの情報があるなら十分だ。


 わたしは石を握りしめて前に出た


「あ………」


 瞬間。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をした女の子と眼があった。


「た、たすけてぇ!!」


 ボロボロと涙を流しながらわたしに助けを求めた女の子。

 わたしは彼女の眼を見て、コクリと頷く。



「………まかせて」


 わたしがそう呟くと、攻撃を開始した。


 まずは女の子にのしかかっている化け物に向けて右手に持った石を放った。


「ぎ!?」

「ぎゃッ!?」


 それだけで、化け物の腹に穴が開いた。

 それだけには止まらず、その直線上にいた化け物の頭部にも命中し、頭が爆ぜる。


 放った石はなおも直進を続け、大きな木にぶつかると、その大木をへし折り、地面に着弾すると同時にその場所に深くめり込んでようやく動きを止めた。


「うぅぅ………!」


 化け物の拘束が緩くなったことに気付いた女の子が、転がるようにその場から逃げる


「………あ」


 メキメキとへし折れた木が傾いていき、転がるように逃げた女の子の頭上に倒れそうになっているのが見えた


「ひっ!」


 せまり来る大木を見上げてからギュッと目を瞑る女の子。


 助けるつもりが、わたしの方が危ない目にあわせていたら世話ないわ。


 ワサビ入りのバッグを放り投げて女の子と大木の間に滑り込み、片腕で大木を掴んで受け止め、左手で女の子の頭を抱えて抱きしめる。


「………平気?」

「え、う、うん」


 声を掛けると女の子は俯いて自分が無事で居ることを不思議に思っていた

 でも、周囲を見させないために、女の子の顔をわたしの平らな胸に押し付けさせておいた。

 そりゃあ、わたしみたいな女の子が大木を片手で掴んで受け止めているなんて、現実的じゃないからね。


 そもそも、これでもあまり力を入れていないのよ


 わたしの問いかけに気付いてようやく慌てて平気だと返事をしてくれる。


「………そう」


 よかった。怪我がなくて。


 周囲を見渡せば、状況についていけず、目を白黒させている緑色の化け物の姿があった。



 躊躇わずに、その化け物に向かって右手で掴んでいる大木をぽいっと放り投げると


「ぎゅ!?」

「ギギィ!」


 化け物たちは断末魔を上げながら大木に押しつぶされて絶命した。



              ☆



 抱えていた左腕を解放してからしゃがんで女の子の顔をジッと見つめる


「あにょ!」

「………?」

「あ、ありがとうございましたぁああ………ひぐっぅああああああん! こわかったぁあああ!」」


 こくりと頷いて泣きじゃくる女の子の頭を今度は両手で抱きしめる。

 怖くて当然だ。あんな化け物に襲われて平然としているなんて、10歳程度の女の子には土台無理な話だ。



 思う存分わたしの胸を借りて大泣きした女の子。

 ポンポンと空色の髪を撫でて、1分くらいだろうか。すんすんと鼻を鳴らしながら顔を上げた女の子。


 わたしが手を差し伸べると、空色の髪の女の子はわたしの手を掴んで立ち上がった


 身体の恥部を隠しながら恥ずかしそうにこちらを見る。


「………あなたは?」

「ぐすっ………私は、フリームって………いいます、9さい、です。あなたの名前を………聞かせてくれませんか?」


 あなたはなんでこんなところに居るの? そう声を掛けたつもりだったのだけど、眼を擦りながら言葉につかえつつも名前を答えられた。

 人と話すのは苦手だ。


 フリーム。明らかに日本人の名前ではない。

 日本人の顔でもない。そもそも地毛で空色の髪が地球上に存在するだろうか。

 この様子から見て、実験の関係者だとも思えない


「………智香」

「チカ、ちゃん? さん?」

「………どっちでも」


 わたしはそう言って、先ほど放り投げたワサビ入りのバッグを取りに戻り、握り直す。

 研究所に居た頃はNo.002としか呼ばれなかった。今更名前になんの感慨もない。


「チカちゃんは、なんでこんなところにいるの?」

「………しらない」

「しらないって………。あ、もしかしてチカちゃんもゴブリンに連れてこられたの? 裸だし………」

「………たぶん、そう」


 しかたない。適当に話を合わせておこう。

 それにしても、せっかく人に会えたというのにここまで幼い子供で、しかも家への帰り道も分からない子供。さらにお互いに裸であるというトンチンカンな状況になってしまった。


 そもそも、空色の髪というのが、染めているのでなければ存在するとは思えない。

 それに、9歳にしてその膨らみかけの胸はいったいなんだ。

 もしかして地球ですらないのかしら。そうでなければ未だにわたしの胸がぺったんこだという理由も説明できないわ。


 そういえば、ここに来る前の記憶はどうなっているのかな。思い返してみると、ズキンと頭に痛みが走る。


 熱耐久実験の過程で焼け死んだみっちゃん。

 水中耐久実験で水死したあつしくん。

 そして、電撃耐久実験で感電死した、わたし。


 そうだ。思い出した。わたし、一度死んだんじゃなかったっけ?


 なんで、こんなところに居るんだろう。


「………町とか村とか、近くにある?」

「えと、わかんない、私は森で薬草を取ってたらゴブリンに攫われてここに連れてこられたから………」


 混乱を飲み込んで頭を振る。そして近くに町か村がないかを聞いた。今混乱して解決するわけじゃない。今は目の前の事で精一杯だ。

 そもそも、わたしにはサバイバルで生きていける力はない。

 あるのは知識だけだ。いきなりサバイバルの実戦などできるはずがない。


 それにだ。わたしは一度、研究員に殺された記憶がある。

 嘲笑する研究員。死んでゆく友達。繰り返される実験。


 思い出すだけで身体が震える。


 そして、超能力を保持したまま、ここに居る現状。理解不能よ

 理由を考えても仕方がない。今は生きていることを喜ぼう。

 研究員も居ない。実験も無い。


 実験の最中なら、そもそも外に連れ出す意味が無い。地下でやればいいだけのこと。

 わたしについた枷は外れたも同然だ。産まれて初めての自由だ。


 でも、着るものも無く裸のまま世界に放り出されても生きていける自信なんて全くない。

 それでも、わたしにとっては初めての自由だ。


「あ、あれ? チカちゃん?」


 気が付けば、頬を涙が伝っていた

 顔の表情筋はいつの頃からかあまり機能しない。

 無表情のまま、涙だけが流れていた


「どこか痛いの? 大丈夫!?」

「………ううん。無事でよかったわ、あなたも、わたしも。」


 死んだ覚えがあるということは、すなわち、もう実験をされる心配はないということ。

 自由になったということだ。

 安堵のあまり、油断して眼尻から涙が溢れてきた。


 それを悟られないようにごまかしながら目元をグシグシと拭う。

 視線を上げると、フリームが鼻をすすりながらにへっと表情を緩ませた


「ほんとうだね………怖かった………でも、どうして助かったんだろう? さっき、大きな木が私に向かって倒れてきて………思わず目を瞑っちゃったんだよね」


 そりゃあ、フリームが目を瞑っている間に全部終わらせたからね


 わたしはへし折れた大木の下敷きになっているゴブリンとやらを指差すと


「………偶然」

「え?」

「………奇跡」

「は?」

「………ミラクル」

「えっと、偶然、倒れてきた木がゴブリンだけに当たったっていうの?」

「………(コクリ)」



 わたしの意を汲んで足りない言葉を補完してくれたフリーム。


「ほへー、そんな奇跡もあるんだねー」


 無邪気にも信じてくれた。わたしが異常だってことは知られていないようで安心したわ


「………帰り道は」

「あ、そうだ………帰り道は、わからないの」


 そうよね、さっきそんなことを言ってたもの。

 しょぼんとした顔のフリームの頭を撫でてから手を握る


「………とにかく、川を下るわ」

「あ、うん! わたしが居た町の近くにも川があったもん!」


 それはいいことを聞いたわね。

 川を下って行けば町があるかもしれない


 わたしはフリームの手を引いて川に沿って歩き出した



「チカちゃんが持ってるのってなに?」

「………これ? ワサビ」

「ワサビ? ………あ、ジール草だ。めずらしい………こんなにたくさん」


 ここではワサビはジール草というのだろうか。

 味も匂いもワサビっぽいけど、何か違うのかな。


「これ、解毒薬の材料になるんだよ! 綺麗な水がある場所にしかないから、珍しいんだぁ」

「………ふーん」


 まぁ、たしかに天然のワサビは珍しいわよね。ホタルが居てもおかしくない清流にしかないもの。


 ワサビには消毒作用もあるし、防腐剤にもなるから言っていることは理解できる。


「………これ、売れるかしら?」


「うん、わりと高く売れるよ! 一つで100ペルンくらいかな」



 ごめん、通貨がわかんない

 円だといくら? 30円くらい? 安そう。


 売らぬワサビの金算用を考えていたら、フリームの眼が不安げに伏せられた


「………どうしたの」

「………チカちゃん、それ、ちょっと私に分けてもらってもいいかな」

「………いいけど、なんで」

「実は私、ジール草を探して森に入ったから………。最近おかあさんの体調が悪くてよく寝込んでるから、助けてあげたいの」

「………病気ねぇ」


 病気か。青カビからペニシリンでも作ってみようかしら。

 抗生物質の作り方はペニシリンくらいなら一応わかる。


 昔見たドラマや本の知識として知っているだけで実際にできるかどうかはやって見なくちゃわからないけど。


「………じゃあこれ、あげる」


 手に持っていたワサビ入りの葉っぱバッグをフリームに手渡した


「え………? いいの?」

「………そのかわり、食べられる草や木の実を教えて」


 最低限、食べられる草を見つけないと飢えて死ぬ。

 フリームと一緒に町にたどり着けば、服くらいは手に入るはずだ。


 人に肌を晒すのは嫌だが、そんなものは今更だ。

 もう体中を弄ばれ続けて、服を着ることがしばらくなかったせいだろう


 わたしの中で羞恥心という感情が、すこし壊れているらしい。


「ありがとう、チカちゃん!」


 ぱあっと明るい表情を見せるフリームに、わたしも口元を歪めて微笑んだ


 さて、こんな子供が森の中に足を踏み入れるくらいだ。町は近いだろう。


 さらに、あのゴブリンとかいう奴らも、森にいたフリームを攫ってからそう遠くに移動したとは考えにくい。住処に戻るでもなく、森の中でフリームを貫こうとしていたほどだからだ。


 幸いにして、フリームの性知識はまだ薄い。

 自分がゴブリンに食べられそうになっていた、くらいしか考えていないだろう。

 だからこそ、あんなに怖い目にあったのにわたしにこうして話しかけられるのだから。


 女を失ってからでなくて本当によかった。



                  ☆



「………はぁ、はぁ」


 川の流れに沿って森の中を歩くこと、30分。

 フリームに教えてもらった、食べてもいい木の実やキノコ。山菜などを齧りながら歩き続け、ようやく森を抜けた。今度は見渡す限りの草原だ。

 整備された道もある。それに沿って歩けば町にたどり着ける


 町ってそんなに遠いのだろうか。


 ………もぐもぐ。あれ? これ、ベニテングダケじゃないかしら。フリームが食べていいって言っているし、大丈夫よね。でも、子供の判断に任せてよかったのかしら。不安だ。

 もうこの際毒でもいいや。頑張れわたしのアイアンストマック。


「………フリーム」

「なに、チカちゃん?」

「………あなた、よくこんな町から遠そうな森に1人で来れたわね」


 額に溜まる汗玉を腕で拭う。

 お互いに身に着けているものは無し。わたし付けているのは能力を制限する黒い腕輪だけだ。


 わたしの能力“怪力乱神”は瞬発的に筋力を増加させる能力。

 超パワーが出るのはほんの少しの間だけ。持続力は無い。


 ゆえに、私自身の持久力はかなり低い。

 地下の実験室で実験ばかり繰り返されてきたわたしには、運動なんかまったくしていないせいで普通の筋力はほとんど無いのよ。

 歩き続けていたら、もう足がパンパンになって、歩けなくなってしまった


 体力の無さが恨めしい。能力がなかったらわたしの体力なんて平均以下しかないのよね。


「うん、わたしはいつもこっそりと森に入ってるから慣れてるもん………あいた!」


 わたしは重い足を引きずって歩いていると、フリームが突然しゃがみこんだ


「………どうしたの」

「足、切っちゃった………」


 見れば、フリームは足の裏に血が付いていた。

 草原の中を裸足で歩いていたら、石ころに気付かずに足の裏を切ってしまっても仕方がない


 しかし、こまったことになったわね。


「………ふたりとも、歩けなくなったわ」

「うん………」


 フリームの目元に再び涙がにじむ。

 とりあえずはフリームに肩を貸して小川の方に移動して、川原の石で足を切らないように気を付けながらフリームの足の裏を洗浄する。


 なにもしないよりはマシのはずだ。


「………しばらく、ここで休憩しましょう」

「そうだね、人が来るかもしれないしね!」


 怪我した足を川に浸けて冷やしながら、二人で川原に座り込んでしばらく休むことにした。


 二人の少女が裸で川に居る状況。

 正直言って、かなり危ない状況だけど、服は無いもの。

 ないものをねだっても仕方がないわ。




 さらさらと川のせせらぎが心地よく耳を打つ。

 苦痛を感じない。

 それだけで、ものすごく幸せだ。

 実験されることもない。投薬されることも無い。自由っていうのは、本当に幸せなことだ。


 足をあげると、ぱちゃりと水を切る音がする。


 心の中にぽっかりと空いた穴。友達が死んでしまった虚無感。

 死んだはずの自分だけがここに居るという不思議。


 会いたい。でも会えない。切ない。胸が苦しくなる。

 それでも、今この幸せをかみしめなければ、いつかまた失うことになる。

 それが、怖い。


 実験の過程で変色した、肩までかかる色素の薄い桃色の髪を右手でくしゃりと握った。

 不安に押しつぶされそうだ。


 みっちゃんやあつしくんに会えないのは寂しい。

 でも、嘆いていたら会えるわけじゃない。泣くな。前を見ろ。

 過去を嘆くな。未来を見据えろ。それが今のわたしにできる最善なんだから



「あ、あぁああぁああ!」

「………!!」


 突如、フリームが怯えた声を出す。

 何事かと思って周囲を見渡すと、気づいた


 油断はしていないんだけどね。こういう状況だからか、当然のように現れた。

 血の匂いで? それとも、女の匂いで? 原因は何でもいい。

 とにかく、現れてしまったのは仕方がない。


『ブヒヒヒ!』


 10mほど離れた川の対岸に、豚の化け物が居た


「お………オーク」

「………オーク?」

「力がすごく強い魔物なの………なんで、こんなところに」


 どうやらあの豚の化け物はオークと言うらしい。

 ガタガタと怯えて体を震わせるフリームの手を掴んで立ち上がらせて


「………逃げるよ」


 足が痛いから、なんて言い訳はしたらダメだ。

 逃げなかったら死ぬ。非力なフリームなら、なおさらあの豚の餌食になる


「で、でも……」


 切った足を見るフリーム

 未だに血が流れている。結構深く傷つけていたらしいわね


「………逃げなきゃ死ぬわ」


 わたし自身の足もパンパンだけど、ここは無理をしなければいけない場面だ。


 フリームの手を引いてその場を離れる


『ブブブブ! ブブー!』



 豚が鼻息を荒げながら川を渡ってこっちにドスドスと走ってきた

 二足歩行であって脂肪を蓄えていても、豚だ。

 豚の化け物。つまり動物だ。動きが早い。野生よりも早いほどだ。


 川を渡りきった豚は、棍棒を振り上げながらこちらに近づいてくる。

 追いつかれるのは時間の問題だ



 いざとなったらわたしが倒せばいい。だけど、その場合はわたしの異常性をフリームに知らせてしまうことになる。

 それはいけない


「きゃん!」

「………フリーム!」


 フリームの手を引いて走っていたら、今度はフリームが足をもつれさせて転んでしまった


 コレを好機とみた豚は、スピードを上げてフリームに追いついてしまった


「………っ!」


 棍棒を振り上げてフリームに向かって振り下ろそうとする豚。

 カッと視界が狭まる


 ズキンと頭が痛んだ。


 その瞬間。脳裏にみっちゃんとあつしくんの死体が映る

 友達を失うのは、もうまっぴらだ


 もう、あの虚無感は味わいたくない。二度と、わたしから大事なものを失わせはしない!


「………させない」


 腕に力を込める。

 爆発的に筋力が増加し、腕の皮膚が硬化する。わたしは身体をフリームと豚の間に滑り込ませた


『ブヒィィィィィ!!!』


 振り下ろされる棍棒に、わたしはフリームを守るように腕を突き出した



 ガギン! と、棍棒と腕がぶつかり、音が響く


「チカ、ちゃん?」


 呆然とわたしを見上げるフリーム。

 力いっぱい振り下ろされたその棍棒の一撃を、わたしは右腕一本で受け止めた。

 打撃系の衝撃はわたしには通じない。


「………ふっ!」

「ブギッ!?」


 受け止めた棍棒を、腕を払って豚から手放させる。

 はるか遠くへと飛んでいく棍棒を見上げる豚。


 そこで、ふっとわたしの身体に影が差した。不審に思って豚から注意をそらさずに視線だけを上に向ける


「………?」


 しかし、そこには何もない。

 ………なんだったんだろう。雲なんてないのに影が差すなんて。

 


 豚の武器が無くなって安堵したのもつかの間。

 豚の方にすぐに視線を戻すと


 



 豚の背後に、ズズン!! という音を立てて、大きな鳥のような、それでいてトカゲのような生き物が現れた


「………うそ」

「な、なんで? こんどは、ワイバーン?」



 どしゃりと血を噴き出しながら崩れ落ちる豚の下半身


 豚が崩れ落ちたその先に居たのは、ドラゴンとでも言えばいいのか、大きな翼の生えた、トカゲ型の生き物だった

 先ほどわたしの上に影が差していたのは、この巨体が通ったからだったのね。


 豚の上半身をグチャグチャと噛みながらこちらを卑下するドラゴンに、さすがのわたしも目を見張った



『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』


 耳をつんざく抱合。

 そいつは、豚の上半身を口に含んだまま、血の混じった抱合をあげる。


 さすがに、というか森で眼を覚ましてからのすべてが想定外。


 豚は何とかなっても、ドラゴンを何とかできるとは思えないよ!

 いったい、何が起こっているの!?


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