やっぱり、目が合った……
男について中に入ると、宿の一階が食堂になっていた。
部屋数が多くはないのだろう。
客がそう多いわけではないのだが、どのテーブルからも楽しげな笑い声が聞こえて来ていた。
男の客がやはり多く、みな、大きなジョッキで酒を呑んでいる。
居酒屋を思い出すなーと思いながら、未悠たちも可愛い宿の娘さんに案内され、隅のテーブルに腰を下ろした。
「あの人、もしや、さっきの男の妹さんですかね?」
と厨房を覗き、中に居る男に声をかけている娘を見ながら、ヤンが言う。
そういえば、目許が似ているような。
こっちは恐ろしくないけどな。
っていうか、厨房に居るということは、あの男が料理をしているのか? と思っていると、男が厨房から出てきた。
酒を呑んでいる中年の男が親しげに彼に話しかけている。
どうやら、近所の常連らしく、宿泊客ではなく、ただ食事をしに来ているようだった。
巻き毛の男は無愛想な感じに話していたが、ジョッキを手にした男は気にしている風にもない。
いつも、そういう口調なのだろう。
「おい、さっきの客」
と巻き毛の男が言ってきた。
いや、さっきの客って。
宿帳に名前は書いたはずだが……。
まだアドルフと結婚したわけでもなく、名が知れているわけでもないので、本名を書いていた。
「お前、金持ってそうだから、料理はお任せでいいな」
金持ってそうなら、ふんだくるとか、どんな店だよ、と思いながらも、
「何故、私がお金を持ってると思うんですか?」
とちょっと不思議に思い、訊いてみた。
「若い娘が従者なんぞ連れて歩いてるからだ」
と男は顎で、ヤンを示して言ってくる。
「いえ、この人は、従者ではなく、私の兄です」
と両手でヤンを示してみたが、ヤンは、ええっ!? と叫び出す。
その素直な反応に男は笑い、
「もっと使える従者を紹介してやろうか」
と言ってきた。
「いえ、間に合っているので、結構です。
ではまあ、料理はお任せで」
この宿と客たちの雰囲気に好感を抱いていたので、まあ、多少高くなってもいいかと思い、そう頼む。
潤っているところから、町へとお金を落として歩くのも大事なことだろうと思ったからだ。
王子がくれた路銀は周辺国でも問題なく使えるようだった。
やがて、あの可愛らしい妹さん……のような人がスープを運んできてくれた。
これは自分の悪い癖だと思うのだが。
いちいち、人のことを突っ込んで訊いたりしないので、長年の顔見知りで、よく話していても、そういえば、何処の誰なんだか知らないということがよくある。
いつもあの辺で出会う人、くらいの感じで付き合っているからだ。
今もまさにその悪い癖が出て、巻き毛の男、近所の人らしきジョッキの男その1、巻き毛の男の妹さんっぽい可愛らしい人、というので、事足りているので、特に誰にも名前を訊く気にもならなかった。
妹さんが運んできてくれた透明なスープの中に具材は見えなかったが、意外に複雑な味がする。
運ばれてくる料理は、本物のコースっぽく出てくるし。
もしかして、何処かで本格的に料理の勉強か修行をしたことのある人なのだろうかな? と思う。
調味料は素朴なものばかりのようだが、美味しかった。
だが、この塩コショウの加減が絶妙な肉の塊は、先程、目が合ったウサギではあるまいか……。
まあ、合った時点で、もう死んではいたのだが。
何故か、頭にドナドナが聞こえてくるよ、と思いながら、ヤンに、
「呑まないの?」
と訊いてみた。
ひとりで呑むのは気まずいので、何度も誘ってみたのだが、ヤンは酒を固辞し続けている。
「い、いえ。
私が未悠様をお守りせねば……」
と暗示のように口の中で繰り返していた。
今から、そんなんじゃ、この先、疲れて大変だと思うが、と思いながら、あまり誘っても悪いかな、とビールに口をつける。
ヤンはまだ、口許で、なにか唱えていた。
「私が未悠様をお守りせねば……。
ぐでんぐでんに未悠様が酔っ払おうとも私がお守りせねば……」
いや、そんなこと言われると逆に呑めないんですが、と思い、未悠は早々に酒を切り上げた。
すると、巻き毛の男がやってきて、
「デザートは部屋に持って行ってやる」
と何故か小声で言ってきた。
なんだかわからないが、ありがとうございます、と頭を下げ、屋根裏部屋のようになっている部屋へヤンとともに上がっていった。
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