水平思考霊媒師ツバキ ~この問題に、非現実的要素はありますか?~

ソルティ

問題『渇き、怨み、そして』

1 その灼熱は地獄より熱く

「あ、つ…………みず……だれ、か……」


 ――あつい。

 彼女の脳内は現在、ただその一言だけに支配されていた。


「や……だ……しに、たくな……あ、が、あ、あああ……」


 喉には一滴の水分もなく、まともに声を上げることすらままならない。

 絶望による涙などとうに枯れ果て、ヒクつく胃は絶えず嘔吐感を訴え続けている。

 死にたいほどのひどい目眩と頭痛も、一向に収まる気配はない。

 しかし、それを感じる正常な感覚すら、最早彼女には残されていなかった。


 ただ、あつい。

 あつい、あつい、あつい。

 あつい、あつい、あつい、あつい。

 あついあついあついあついあついあつい――


「あ゛、あ゛あっ……! ア゛アああああ……!」


 彼女の目の前には、ペットボトルに入れられた水が用意されていた。

 それも、一本や二本ではない。彼女がうつ伏せで横たわるコンクリート製の床の上には、まるで「苦しいならこれを飲めばいいじゃないか」と言わんばかりに、水の入った一リットルペットボトルが数十本用意されていた。


「あ……みず、みず、みずううう……だれ、か……おねが……っ!」


 しかしどれだけ欲しても、彼女はそれを口にできなかった。


 身動きが封じられていた、わけではない。

 彼女は閉じ込められた部屋の中を、自由に動くことができた。


 手を縛られ蓋を開けられなかった、わけでもない。

 そもそもペットボトルに蓋はされておらず、彼女の努力虚しく床に倒れた数本は、水はけの悪いコンクリートに大きな水溜まりを作り出していた。


 口をなにかで塞がれていた、わけでもない。

 彼女の口は、言葉を発することができた。呼吸をすることができた。無様に泣き叫ぶことができた。

 しかし、床に広がる水溜まりを舐め取ることだけは、どうやってもできなかった。


「あ゛……な、で……なん、で、こ、な…………」


 なぜ、こんなことになってしまったのか。

 同じゼミの知り合いから持ち掛けられた頼み事を、よく考えもせず引き受けてしまったのがいけなかったのか。

 それとも「怪しいから止めておきなさい」という友人からの忠告を、無視したのがいけなかったのか。

 あるいは「この報酬で従姉妹の女の子に、ちょっと豪華な誕生日プレゼントを買ってあげようか」なんて、欲を掻いたのがいけなかったのか。


 確かに、彼女は少し不用心だったかもしれない。

 客観的に見て、彼女の行いはそう断じられても仕方のない、軽率なものだったのかもしれない。

 でも。でもそれは――こんな地獄を味合わなければいけないほど、罪深い行いだっただろうか。こんな罰を受けるほど、彼女は間違えてしまったのだろうか。


「ぁ……」


 意識が、次第に遠のいていく。

 しかし、肉体と精神を侵食し蹂躙する灼熱は、欠片も衰える気配がない。

 死ぬ瞬間ぐらいは楽になれるかも。そんな希望すら、彼女には与えられなかった。


「……ろす」


 最後の瞬間。命の炎が途絶える刹那。

 耐えがたい熱にだけ満たされていた彼女の意識が、急激に黒く染まる。

 即ち――自分をこんな目に遭わせた『犯人』への、止め処ない復讐心。


 ぜったいに、ゆるさない。

 ころす、ころす、ころす。

 ころす、ころす、コろす、コロす。

 殺ろすコろすころす殺ろすころすコろすコロ――


 ――こうして。

 お人好しで、ただほんの少しだけ不用心だった彼女は、卑劣な犯人の手によってこの世を去った。

 人ひとりを呪い殺すには十分なほどの、壮絶な怨みの念だけを現世に残して。

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