1−6 プロローグかもしれないし、違うかもしれない。

「先に降りて! あとで必ず行くから」


「く、久遠さん!? で、でも」


「大丈夫! 私、神社の娘だもん!」


 世莉はそう言うと、奥の図書室に向かって走り出した。


 閉まりそうなドアに手をかけて、そのまま飛び込めば、


「わっ!」


「うわっ! ってお前何やって!?」


 すぐそこに立っていた彼の背中に思いっきり激突。


「えとっ、すみません!」


「すみませんじゃねぇ! さっさと逃げろと俺はっ」


「先輩は! あれをどうするんですか?」


 まっすぐに見上げてそう聞くと、彼は怒鳴るのをやめて世莉を冷たく見下ろして、「滅するんだよ」と冷たく言い放った。


「滅する……」


 それはこの世から消し去ること。魂を消し去るのだから、仮に輪廻の輪があったとしても、それに入ることはかなわない。


 今は九字の網にはまり、黒い塊はもがき苦しんでいる。それは先ほどより一回りも二回りも小さくなり、まるで仔犬のようでその目からは涙までも見える。


「そ、それじゃ、魂って消えちゃうんですよね? あの世には行けないってことなんですよね!?」


「あのなぁ、今の見た目に騙されてんだろうけど、あれはもう悪鬼になってんの! 他にやりようなんて」


「ちゃんと元に戻して昇華させてあげたら? それが出来れば」


「ムリだと言ってる! そこをどけ!」


「きゃあ!」


 押しのけられ床に倒れこんだが、彼はそれを一瞥するだけで、もがく悪鬼に歩み寄る。

 

 世莉はそれを止めようと地面に手をついて、その違和感に自分の手を見た。すると世莉の手は真っ赤に染まって――。


「なっ!? これ――」


 そう口にして顔を上げた瞬間、悪鬼と視線が合い視界がグルんと一転した。


「……なんだ? これは」


 彼も異変に気付きあたりを見回す。そこは同じ図書室なのだが、『今』ではなかった。


 その証拠に二人の姿は半透明で、代わりに部屋の隅には真っ白な仔犬が二人を見ていた。


「お前、何やった?」


「わ、私は何も――、あっ」


 詰め寄る彼の肩越しに影を見つけて声を上げると、彼も振り向きその影を確かめた。


 それは制服を着た男子学生で、彼は笑みを浮かべてそこに立っていた。


『ほら、餌だよ』


 そう言って彼は子犬に皿を差し出した。仔犬は嬉しそうに尻尾を振り彼の足元に駆け寄る。


「これって……」


「こいつの記憶なんだろうな」


 こいつとは、さっきまで悪鬼と呼んでいた黒い塊だ。


 仔犬が全部食べ終えると、彼は優しく仔犬の頭を撫でて「もう満足しただろう?」とその頭を床に押し付けた。


「な、何を!?」


 世莉の声は聞こえるはずもなく、彼はどこからともなくナイフを取り出した。


「全く、医者の子だから医者になれとか、うるさいんだよ!」


「ぎゃんっ!!」


「――やっ!」


 そのナイフが容赦なく仔犬の尻尾に振り下ろされ、ふさふさの尾は跳ねて飛び、その悲鳴と世莉の悲鳴が重なった。


「将来の名医に切られて幸せだろ? なぁ!」


 そう言うと今度は耳をそぎ落とす。


「止めて! お願いだから止めて――!!」


 がくがくと震える足では彼のところまで行けず、震える手は神威のシャツを掴むことで精いっぱいだ。神威は世莉の手を振り払うことなく、ただ男のする凄惨な行いを見つめていた。


「模試の結果なんて知るかってんだ!」


 男は仔犬の後足を、その次は前足と刃を立てていく。


「あー、仔犬でもうまく解剖って出来ないんだな? これもまた勉強ってな!」


 最後に腹部にさして上から下に刃を動かすと、そこから内臓が吹き出すように出てきた。もう仔犬の悲鳴は聞こえない。先ほどまで抵抗するように身をよじっていたが、もう動くことすらできない。


 男はその骸をビニール袋に入れると、そのまま部屋の片隅に、先ほど世莉が手をついた場所に放り投げた。そこには、同じような袋が何個も積み上げられていて……。


「――っ!」


 その景色に、世莉は言葉を失った。あの仔犬だけではない。彼は何匹もの犬や猫を殺してきたのだ。


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