1−4 プロローグかもしれないし、違うかもしれない。

 金属で縁取られたドアは、押すと重苦しくギィと開き、その隙間から流れ出る空気は外よりも冷たく、世莉の背筋をゾクリとさせる。


「……なんか、ドキドキしますね」


 それはどういう意味なんだろう? そう思いながら世莉は開けられたドアから一歩足を踏み入れた。


 瞬間、『チリン……』と鈴の音が聞こえた気がしたが、ほかの3人には何の変化も無く、世莉は不思議に思いポケットの中のお守りに触れるがやはり鳴らない。


 いや、そもそも鳴るはずも無いのだけど……。


 彼女がポケットに入れているものは、お守りの鈴だった。


 けれど、それは不良品で音は鳴らない。祖父はこれを『特別なお守りだ』と言って世莉にくれたのだが、おそらく不良品で捨てるわけにもいかず孫娘に、というところだろう。


 そこに気が付いたのはそれなりに大きくなってからだが、世莉にとってはそれでもかまわなかった。


 幼いころ、これを貰ったおかげで精神的にどれほど助けられたか。


 だから今でもお守りとして彼女は常に持ち歩いているが、どう考えても鳴ったのはこの鈴ではない。となると、他に誰か鈴を持っているのだろうか?


「先輩って、なんでここに来たんですかね?」


「ってか、どこ行ったんだろう? 会えないかなぁ」


 のんきな1年は先を歩き、その後を歩く世莉の後ろで静かにドアは閉まった。


 その静かさに思わず振り返ったけれど、「久遠さん?」と由紀子の声に、世莉は「あ、ごめん」と彼女たちに駆け寄る。


 旧校舎のつくりはシンプルで、まっすぐな廊下に対し南側に教室が並び、その突き当りが特別教室となっていた。


「図書室って3階ですよね?」


 そう言いながら階段を上る1年に続いて、由紀子も世莉も階段を進む。


 それにしても、と思いながら世莉はあたりを見回した。放課後とはいえ、また日没には遠いというのに、なぜこんなにも暗いんだろう? それに、信じられないくらい静かだ。


 この時間、すぐそとの運動場では野球部と陸上部が部活をしているはずなのに、全く聞こえない。旧校舎が今の校舎よりも、防音性に優れているなんて考えられないのに――。


「なんか、寒くない?」


 由紀子の声に世莉も頷いた。この旧校舎に入ってから、妙に肌寒いのだ。そして、さっきの鈴の音がまた聞こえた。


「ねぇ、鈴の音が聞こえない? 誰か持ってるの?」


「はい!? ちょっ、脅かさないでよ! そんなの聞こえないし!」


「あはは、大谷先輩ビビりすぎ! ってか、久遠先輩がこーゆーことするなんて思ってもみなかったですけど、その手にはのりませんよ?」


 笑う一年生にハッとして、由紀子は「もう!」と世莉にふくれっ面を見せた。


「そんなんじゃっ」と世莉は言おうとしたのだけど、さらに頭に鈴の音が響き始めて彼女は顔をゆがめた。


 そして気づいたのだ。


 この鈴の音は耳からではなく、頭に直接響いてることに――。


「それにしても、先輩いないですねぇ?」


「もしかして先輩も図書室かな?」


「きっとそうだよ! 急いで行ってみよっか?」


 走り出す1年生の後ろを「ちょっ、待ってよ!」と由紀子が追いかける。けれど、鈴の音がまるで警鐘のように鳴り響き、世莉は頭を抱えるだけでそこから動けなかった。


「あ、ほら! ここから声が聞こえる!」


「本当だ! なんて声かけようか?」


「違うでしょ? 私たちはアルバム探すの!」


 いけない。


 そのドアを開けてはいけない。理由は分からないけれど、こういう時、この感覚が正しいことを世莉は知ってる。けれど、足が縫い付けられたようにここから動けない。


「ま、どっちにしても入りましょうか?」


 彼女たちが気のドアに手をかけて――。


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