死に標の子どもたちのプロ意識
ちびまるフォイ
友だちとの死に標
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【死に標(しにしるべ)】
危険な場所や作業困難な地における目印のため、
現地で死んで自分自身を目印にする人間。およびその職。
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15歳の誕生日を迎えた彼らに渡されたのは自分の派遣先が書かれた紙だった。
「みなさん、今日まで厳しい訓練を耐え抜き本当にお疲れ様でした。
訓練はここで終わりです。これからはそれぞれの派遣先で死んで
みなさんの旅路を助けるランドマークとなってくださいね」
子どもたちはお互いの派遣先を確認していた。
「ヤシロはどこだった?」
「僕は深海……、アズサは?」
「私は雪山。カイは?」
「俺は樹海、みんなバラバラだな」
「カイ、私と離れるのが寂しいの?」
「いや別に。そもそも訓練の時点でバラバラだったろ。
俺は樹海用の訓練しかしてないし」
「でもほら、部屋は一緒だったし……」
「アズサこそ怖いんじゃないか?」
「こ、怖くないわよ!」
同部屋のヤシロはうつむいていた。
「僕は……僕は怖いよ。なんだか嘘みたいだ。
この中では僕が一番最初に深海派遣されるんだ」
「ヤシロ……」
「水中で死ぬための訓練はちゃんと積んできたけどさ……。
どこか現実とは離れた感じでやっていたんだ。
でもこうして死ぬことを意識するとやっぱり……」
「逃げるのか」
「ちょっとカイ!」
「ヤシロ。お前が死んだことでその体が死に標となって
深海調査がぐっと進むんだ。それはわかってるだろ」
「うん……」
「人類の歴史のために、人間のために有益だったと
認められる人間がどれだけいると思ってるんだ。
お前の死体はきっと深海調査されるたびに感謝されて尊敬されるはずだ」
「……そう、だよね」
翌日、ヤシロのベッドはからっぽだった。
派遣先の深海に行ったことは確かめるまでもなかった。
次はアズサとカイだった。
派遣日前日は珍しく苦手な料理などを振る舞ったりして
ヤシロがいなくなったことを意識させないような明るさだった。
「明日だね」
「ああ。もう死に支度は終わった?」
「うん……」
最後の部屋は妙に静かだった。
「明日、死ぬんだよね」
「うん」
「私がカイのこと好きだって知ってた?」
「まあうすうす」
「そう……」
会話はそれきりで、翌日の派遣日当日。
部屋にやってきたそれぞれの派遣員にうながされアズサと別れた。
派遣員は複雑で危険生物がうようよいる樹海を進んでいく。
「ごらん、窓から死に標の子どもたちが見えるだろう」
「あれですか」
「我々がこうして樹海の奥地まで進めるのも
すべて死に標のみんなのおかげなんだ、本当に感謝しているよ」
樹海にはさまざまな資源や未知の物質が溢れている。
それだけに現地に学者や有識者を派遣することも、
看板を建てることすらコンパスが狂うこの極地では不可能。
「行ってきます」
カイは最終派遣地点まで進むと、その先を進んでいった。
この先は前人未到の地。
死に標の目標地点にたどり着くと、道具の準備を始めた。
死に標となる子どもたちは薬で体のサイズを大人レベルにされ、
死ぬときには蛍光のひどく目立つ死装束を着る。
そのうえで、雨風や腐敗をふせぐために自分の体を処理して
まるで剥製のように立ったままで死に標となる。
「よし、準備はばっちりだ。あとは――」
「カイ!!」
顔をあげると、二人の見知った顔があった。
「ヤシロ。それにアズサ。どうしてここに……?」
「カイ、僕やっぱり考えたんだ。やっぱり僕は僕の人生を生きていきたい。
顔も知らない他人のために死ぬなんて嫌なんだ」
「カイもそうだよね!? 私達、死に標にならないように逃げてきたの。
大丈夫だよ、このままいなくなってもわからないよ。
私達だって逃げてきたけど死に標の行方なんて探さないもの」
「でも……」
「カイ言ってたよな。僕たちの死が人のためになるって。
深海に派遣されて死ぬ直前に思ったんだ。
人のためになるけど、同時に人を傷つけることにもなるって!」
「カイ、私達が死ぬことなんてないんだよ。
私達と一緒にいこう! ね!? 私はカイがいなきゃ嫌なの!!」
「お前がいなくちゃ、僕たちは傷つくんだ!」
「……わかったよ」
カイはこくりと頷いた。
「みんなが来るまで俺はここで死に標になるつもりだった。
世界のために、人のためになるんだったら安いものだって思ってた。
でも、2人が来てから考えが変わった」
「カイ……! それじゃ……!」
「ああ、俺は生きる。ここを出て生きることにするよ」
カイは派遣先の樹海からひとり戻って、それ以来行方はつかめなくなった。
その後、カイの派遣先だった場所に訪れた調査隊は頭を捻った。
「なあ、どうしてこの場所にだけ、死に標が2つも並んでるんだ?」
死に標の子どもたちのプロ意識 ちびまるフォイ @firestorage
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