挑発ファンサービスとも取れる新井さん

試合の合間合間。連城君がマウンドで投球練習をしている時の柴ちゃんと肩慣らしのキャッチボールをしている間とか。ピッチャーが回の先頭打者に投げるまでの時間とか。



レフトのポジションから見える範囲で、可愛い女の子はいないかな? と、目を凝らすのは俺のスタンダード。


緊張感のある競った試合でも、10点差で負けている試合でも、俺は周りのスタンドをキョロキョロ見渡してお眼鏡にかなった女の子を見つけることに、何よりも力を注いでいる。


今日は、3塁側ファウルゾーンのエキサイティングシートにいた7歳か8歳くらいの女の子。小学1年生かそこらのちんまい少女。


白地にオレンジ色のラインが入った背番号7、ショートを守る平柳君のレプリカユニフォームを着ている女の子。


安全のために、両耳もガッチリ守るヘルメットをかぶり、その奥のクリンとした瞳で一生懸命打球や選手のプレーを追い掛けているようだった。



妙な雰囲気のレフトフライを掴んだ俺は3塁ベンチに向かいつつ、その女の子がいるエキサイティングシートヘ向かう。


しかし、ただ単にボールを渡す俺ではない。



「どなたか、マジック持ってる人います? 油性の黒いマジックペンを」


エキサイティングシートにいる観客に俺は訊ねた。







全員スカイスターズファンだ。


なんだ、こいつ。


みたいな表情でみんなポカーンとしている。


俺も野球観戦に行って、急に相手チームの童貞外野手が近寄ってきて、ニタニタしながらマジックを貸してクレメンスなどと言ってきたら、俺だってポカーンとする。


しかも初回にタイムリーを打っている奴だから、あっち行けや、カス! と、追い払うかもしれない。


しかしそんな空気の中、女の子の前の席にいた50歳くらいのおばさまがバッグの中を漁る。


「あ、あるわよ。……これでいいかしら」


おばさまはマッキーの太いマジックペンを俺に差し出した。


俺が求めるこれ以上ないマジックペンだ。


「ありがとさん」


俺はそれを受け取り、外したグラブを頭の上に被せて、片ひざをついてマジックの細い方のキャップを外してボールにペンを走らせる。


日付と俺のサインをさらさらっと描いて、目を付けていた小さい女の子にボールを渡す。


「はい、ボールあげるね」


女の子はびっくりした表情を見せながらも、かぶっていりヘルメットのつばを上げて、少し身を乗り出して、俺が差し出したボールに両手を伸ばした。


「…………」


女の子は無言で、抱きかかえるようにボールを受け取った。


びっくりした気持ちがいっぱいでなんと言っていいのか分からないようなそんな顔。代わりに横にいた父親が俺に礼を言った。


「ありがとうございます」


わりと低いダンディな声色。


「いえいえ、ずっと野球を好きでいて下さいね」


俺はそう返事をして、キャップをしたマジックペンをおばさまにポイっと投げ返してベンチへと向かっていった。








5回が終了し、グラウンド整備が行われ、つかの間のインターバル。


ベンチに戻ると、中にいたのは数人の選手だけで、俺が過剰なファンサービスをわちゃわちゃとやっている間にみんなベンチ裏へと下がっていたようだった。


俺も帽子とグラブをベンチに置いて後ろに下がる。



そこでは、選手達がコーチと話をしていたり、アンダーシャツを取り替えたり、ドリンクを飲んだり、タバコを吸ったり、真面目な選手はさらに奥のウォーミングアップルームでバットを振ったりしている。


俺はケータリングのウインナーを2本と梅おにぎりを食べて、すぐベンチへと戻った。


そしてグラウンドに出て、アキレス腱を伸ばしたり、バットの両端を持って肩周りを柔軟したり、なるべく現場から離れずに、集中を切らさないように努めていた。



そこから2、3分もすると4つのベース周りがきれいに整備され、白線も引き直される。そしてトンボなどの用具を持って下がっていく、グラウンド整備のスタッフ達に俺はお礼を口にしながら深々と頭を下げた。



彼らグラウンドキーパーに俺の気持ちが届いているか分からないが、野球の試合は選手だけで出来るものではない。


選手がいて、ファンがいて、審判がいて、裏方さんがいる。 スタンドの安全を守る警備員のおじさんもそうだし、ゲートに立つアルバイトのスタッフも大切だ。


色んな人の支えがあって俺はこの場で思い切り野球が出来るのだ。そのことを当たり前と思わずに、常に謙虚、常に感謝の気持ちを大切にしていかなければならない。


何より、そういう姿勢を見せることで好感度がぐんと上がりますからね。


ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!


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